世にも「オソロシイ」長女と、世にも「ムズカシイ」次女。
そして、三回目は孫のようにかわいい末っ子、ではなく、孫そのものの三女のご紹介。

長女を育てているときは、「早く大きくならないかなぁ」「早くしゃべらないかなぁ」と、成長することを楽しみにしていた。洋服や靴を買うときは、いつだってワンサイズ大きなものを揃えて、準備万端。

はじめての会話らしき言葉を、今でもはっきりと覚えている。散歩コースの川べりを歩いているときのこと。

わたしが、「今日はあたたかくてきもちがいいねー」と、ひとりごとのように呟くと、長女がこちらを見上げて、「ねー」と笑いながら言った。

たまたま語尾を真似しただけなのに、会話がなりたったようで、うれしくてうれしくて。

あの日から十数年が経ち、会話がなりたつどころか、言い負かされている今日このごろ。

大きくなっちゃった…

さて、一方の末っ子といえば。

赤ちゃんのころから、呪文のごとく語りかける甘い言葉はただひとつ。「急いで大きくならなくていいからね」。

ずっと赤ちゃんのままでもいいからと、ゆっくりゆったり育ててきたはずが、いつしか手も足も、わたしより大きくなっていた。そういえば、身長だって、この1年で15センチも伸びた。

まだ大きくならないでと願っていたのに、あっという間にタケノコのごとく大きくなっちゃった。

上の子は「大きくなった!」なのに、下の子は「大きくなっちゃった…」。この言い回しの違いに、親の勝手な願いがぎゅっと凝縮されていそう。

サッカー限定反抗期

そんなタケノコ、脳みそが筋肉でできていると言っても過言ではない。ふと気付いたら、寝ても覚めてもサッカーのことばかりを考えるサッカー小僧に成長。

足なんてカツオブシなみの硬さで、ぎらぎらと黒光りしている。もしかしたら、夜道で光るかもしれない。

とは言え、ぎらぎらするのは足だけにしてほしい。

わたしのなにげないサッカーの話が娘の地雷を踏むようで、ちょっとでも気に入らないと、「サッカーを知らないお母さんに言われたくないからっ!」と、たちまち威嚇してくる。

言葉だけならまだしも、はじめて睨まれたときは、怒りを通り越して悲しくなってしまった。

普段は笑い上戸なかわいい子なのに、サッカーに関してだけ、性格までぎらぎらモードに変換するから、こっちだってまいってしまう。「反抗期」ではなく、「サッカー反抗期」。

そう、反抗はサッカー限定。

つい先日、部屋のなかでヘディングの練習をしていたので、外でやってきたら?と言ったところ、「ヘディングできないお母さんに言われたくないからっ!」と、またもやぴしゃり。

わかりました…。わかりましたとも…。

お母さんがサッカーできるようになればいいんでしょ!と鼻息荒く、娘にナイショで、「ママさんサッカースクール」に通い始めて早一カ月。

サッカーは想像以上、いや、想像を絶するほど過酷なスポーツで、このまま息が絶えるんじゃないかと頭を抱えている。老体にムチをうちつつ、雨でスクールが中止にならないかなぁと雨乞いまでしてみたり。

ちなみに、わたしのヘディングの最高記録は3回…。
水族館のアシカじゃないんだから、人間の構造上、そもそもヘディングは無理なんだよとボヤいている。娘の前で華麗にヘディングをする日は、幻で終わりそう。

三種のぎらぎら神器

足もぎらぎら、性格だってぎらぎら。そして、もうひとつ。子ども部屋までもが、ぎらぎらで渦巻いているからオソロシイ。

ひとたび部屋へ足を踏み入れると、とんでもないサッカーワールドに唖然とさせられる。

「自分に負けない!」「毎日練習!」「自分のサッカーをやる!」と、殴り書きされた紙が部屋中に貼られていて、根性とは無縁な世界でゆるゆると生きてきたわたしはちょっと(かなり)引く。

そのうち、耳なし芳一のように、自分の顔や体にまで、「自分に負けるな!」なんて書きだしたらどうしよう…。

前言撤回。

脳みそが筋肉でできているのではなく、もしかしたら脳みそそのものが、サッカーボールでできているのかもしれない。

子猫がいつしか土佐犬に

手のひらに乗りそうな華奢な子猫を、かわいがって大切に育てていたら、猫どころか土佐犬になってしまって、腰を抜かすほどびっくり!そんな表現がぴったりの三女。

タクマシイのかタノモシイのかわからないけれど、土佐犬がこの先、どんなふうに大きくなっていくのか、まずはお手並み拝見といきましょうか。生まれてきてくれたことに感謝をしつつ。

三人三様の三姉妹の嘆きとボヤきにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。いつかまたどこかで。