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辛い時も支え、勇気をくれた、家族の絆-がんと向き合い、いまを生き抜く(アグネス・チャンさんコラム-第2回)

アグネス・チャン (あぐねす・ちゃん)

がんになるということは、本人だけでなく家族にとっても一大事です。乳房の切除に猛反対した夫や、相当なショックを受けた3人の息子たちを見て、思うところがたくさんありました。それは手術やその後の治療を受ける際、ものすごく励みになったし、家族との関係を見つめ直し、絆を強くする機会にもなりました。

アグネス・チャン (あぐねす・ちゃん)

心にしみた子どもたちそれぞれの想い

乳がんが見つかった時、一番下の息子は11歳でした。小学校高学年ですから普段は自分の部屋で寝ていたのですが、私が入院すると「一緒にテレビを観よう」とベッドにもぐりこんで来るんです。その時は、ただ「あれ?赤ちゃん返りしている」と思いました。2007年10月1日に手術を行い、同じ月の31日には北京人民大会堂でポップス系の歌手として初めてコンサートを行ったのですが、前の晩なかなか寝付けないでいると、彼がまたベッドにもぐりこんできて子守唄を歌ってくれたんです。もう涙、涙でした。甘えたいだけでなく、「ママを守らなければ」という気持ちがすごく強かったのでしょうね。

長男と二男はアメリカに留学中でした。2人とも私の病気のことを知ってすぐ日本に帰りたいと言いましたが、二男はちょうど受験期だったので帰国を許しませんでした。すると、成績が良い子なのに、試験で白紙答案を出したらしく、先生がびっくりして電話して来ました。私のことが心配で頭が真っ白になったみたいです。彼にとって受験よりも大切なものがあったんだと気づき、本当にかわいそうなことをしたと思いました。

大学生だった長男は帰国して、私が入院している間、ずっと三男の面倒をみてくれました。北京人民大会堂でのコンサートは手術直後の大きな山場でしたが、その時も長男は北京まで来てくれました。そしてコンサートが終わると楽屋に入って来て「ママ、今年は大変だったね」といきなり泣くんですね。私が大仕事をやり遂げるまで辛くても気丈に振る舞っていたことを知り、自分よりずっと背が高くなった彼を抱きしめて自分も泣き崩れました。

子どもたちにとって「母親ががんになる」ということがどれだけショッキングな出来事で、それぞれが一生懸命支えようとしてくれたことが心にしみました。また、子どもに親の病気のことを伝える時は、もっと気を遣わなくてはいけなかったと反省もしました。

三男の中学卒業まで生きたいという願い

手術後は抗がん剤を使わず、放射線治療を受けました。放射線治療は副作用がわからないまま約2ヶ月で終了しましたが、その後のホルモン療法はとてもきつかったです。特に、副作用として更年期障害の症状が出ました。頭痛をはじめ、イライラする、汗をかく、のぼせる、起き上がることができないほど関節が痛くなるなど、様々なことに悩まされました。

一番困ったのは顔が腫れること。いつもの倍くらいの大きさになるのです。いつそれが始まるか自分でもわからず、1度腫れると1週間くらいそのままの状態です。番組の途中で腫れ始めると「早く本番が終わらないかな」と焦ったものです。家族も不憫に思ってか、私の腫れた顔をまともに見られませんでした。精神的に本当に辛かったですね。

ある日、コンサートの合間に15分の休憩時間があって、ティッシュペーパーで汗を拭いたら頬の皮が1枚ペロリと剥けたんです。思わず「うわっ!」と叫びました。顔が腫れたり縮んだりするものだから、表面がたるんで剥けやすくなっていたようです。一部分だけ赤くなっているのはおかしいので、「全部剥いてしまったほうがいい」と思い、オイルを使って一生懸命顔全体の皮膚を落としていきました。最後は真っ赤な顔になったので、ファンデーションをいっぱい塗ってステージに戻りました。焦りと気持ち悪さ、そして自分の顔に起こっている出来事の恐ろしさと戦いながら、その作業をわずか15分間でこなしたのです。

そうした状態が3年半くらい続きましたが、徐々に顔が腫れる回数は減っていきました。体が薬に慣れていったのでしょうね。きつい副作用に耐えながら頑張り通すことができたのは、コンサートをキャンセルしてもやり直せる保証はないという考えと、「せめて三男が義務教育を終えるまでは生きたい」という想いが強かったからです。その三男が中学を無事卒業し、さらに高校も卒業した時は、泣いて、泣いて、泣きました。「彼の背丈が180センチになるまで成長を見届けることができた」という感激は言葉にできませんでした。

がんの疑いがあるとわかった時からずっと寄り添ってくれた夫、辛い時に勇気を与えてくれた子どもたち、病気を通じて出会い励ましてくださったたくさんの方々、そして早期発見できた幸運に心から感謝しました。

がんの早期発見にはパートナーの協力が大切

子どものいる女性なら誰でもそうだと思いますが、病気になったからといって落ち込んでばかりいるわけにはいきません。自分のためというより、大切な人のために頑張ろうと思うもの。逆に言えば、「お金がもったいない」「やることがいっぱいで暇がない」といった理由をつけてがん検診を受けない女性は、「誰かのために受ける」という考え方を持つことが大切かもしれません。

そこで家族、特にご主人から奥様にがん検診を勧めてみてはいかがでしょう。たとえば、自分の誕生日に「プレゼントはいらないから、僕のために検診を受けてくれない?」と言われたら、奥様は「愛されている」と感激するはず。また、お子さんが小さかったら「親もずっと健康であるべきだから、七五三の帰りに検診を受けてみない?」と誘えば、「ああ、子どものためなんだ」と心が動くと思います。ぜひ人生のパートナーであるご主人が、万一奥様ががんにかかっても早期発見できるように協力してあげてください。

さて、最終回となる次回は、がんをめぐる日本の社会環境について私が考えていること、そしてがん発見からまもなく10年になるいま、今後の人生に向けて抱いている夢、がんと向き合いながら生き抜くことの素晴らしさについてお話したいと思います。

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PROFILE

アグネス・チャン (あぐねす・ちゃん)

アグネス・チャン (あぐねす・ちゃん)

歌手、エッセイスト、大学教授

1955年香港生まれ。1972年「ひなげしの花」で日本デビューし、一躍アグネス・ブームを起こす。上智大学国際学部、カナダのトロント大学(社会児童心理学科)を経て、1989年には米国スタンフォード大学教育学部博士課程に進学し、1994年教育学博士号(Ph.D.)取得。1998年日本ユニセフ協会大使、2016年にはユニセフ・アジア親善大使に就任。現在、芸能活動に加え、エッセイスト、大学教授、日本対がん協会「ほほえみ大使」など、知性派タレント、文化人として世界を舞台に幅広く活躍。「スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法」(朝日新聞出版)ほか、著書は80冊以上に及ぶ。

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