アイドルが夢見た大学生。幸運への不安は弁護士へのきっかけ-柔軟な軌道修正が可能な社会へ(平松 まゆきさんコラム-第2回)

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

皆さんこんにちは。弁護士の平松まゆきです。

前回は、私が12歳でアイドルオーディションに合格し、芸能界で仕事をしながら、20歳で大学受験に挑戦したという話をしました。

短期集中で受験を乗り切った私は、立教大学文学部に進学し、夢だった大学生になりました。人生で一番楽しい時期だったかもしれません。

考えてみれば12歳のときから芸能界に身を置いていたので、私の周りには常に大人ばかり。その反動か、初めて同年代の子たちと深く付き合う楽しさを覚え、サークル活動や海外旅行に勤しみました。授業は、まあそこそこです(笑)。

その後もまだまだ学生生活を謳歌したいという一心で、大学院に進学しました。

でもいつまでもモラトリアムは続きません。

大学院を出て、東京の会社でOLとして働く日々が始まりました。

これまでは常に個人プレーでしたが、組織で働くということの難しさや楽しさを知りました。頼れる上司や仕事のできる先輩にも恵まれ、社会人として働く毎日は、とても充実したものでした。

ところが……。

社会人4年目を迎えるころ、また突如として、得も言われぬ不安の波が押し寄せたのです。

思えばこれまでの人生は、幸運の連続。歯を食いしばるような努力をしたことはなく、逃げ出したくなるような試練を与えられたこともありません。そのときどきで、好きなことだけをする、誰かに与えてもらう、そんな生き方しかしてきませんでした。

本当にこのままでいいのだろうか、そんな漠然とした思いを抱えていた折、偶然、深夜のテレビ番組で、何十年も無罪を訴えている死刑囚を救うべく奮闘する弁護団のドキュメントを見ました。

「人は他人のためにこんなにも尽くせるのか。」

それまでの私の生き方とは真逆の弁護団の姿に感動し、自分が恥ずかしくなりました。

こうして、一念発起した私は、仕事を辞め、退路を断って、32歳で法科大学院に入学します。司法試験の合格率や国立の授業料が魅力だったので、縁もゆかりもありませんでしたが、名古屋大学の法科大学院に決めました。

わりとスムーズだった大学受験を思い出しながら、意気揚々と入学したのを覚えています。

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しかし、それは地獄の日々の幕開けでした。

法科大学院というところは、私のように初めて法律を学ぶ人間に、一から教えることを建前としているのですが、現実は違います。周りはほとんどが法学部からそのまま上がってくる若い学生。4年間法律を学び、さらに法科大学院で勉強を進める子たちと一緒に机を並べるのですから、初心者の私がついていけるはずもありません。そのうえ、みんな大変真面目で、朝6時から9時まで自習室で予習、9時から17時まで授業、17時から終電の24時くらいまで自習室で復習するんです!

「これが司法試験か……。とんでもない世界に来てしまった。」と思いました。

というわけで、32歳から35歳、法科大学院で暗黒の3年間を過ごします。仮眠をとりつつスケジュールをこなす日々。鬱にもなりましたし、試験前は毎日泣いていました。もうやめてしまいたいと、大声で叫びたい毎日でした。

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そして1回目の司法試験は、玉砕。膨大な司法試験の範囲に追いつけなかったという印象でした。

2回目。なんとか範囲はこなしたものの、歯が立たずに惨敗。

さて迎え撃つ3回目。このとき私は38歳。

周りの人からは、「まあ焦らず、何回でも挑戦すればいいじゃないか。」と言ってもらえました。ですが、皆さん。司法試験に、回数制限があるのをご存知でしょうか。

昔の司法試験はもちろん違いました。何回だっていつだって、自由に受けられたのが司法試験でした。しかし制度が変わり、なんと法科大学院卒業後、5年間のうちに3回までしか受けられないという制限付きの試験になってしまったのです!(現在は5年で5回に緩和されましたが)。

回数制限があると、「今回で最後。」「この問題が解けなかったら空振り三振。」「私の5年間はいったいなんだったの?」などと余計な邪念が試験中にめぐり、問題が頭に入ってこなくなります。つまりいつもの実力が出せない。最後の回が迫れば迫るほど、回数制限が頭をよぎってパニックに陥ります。私も試験中、何度も何度もあきらめかけました。それはまるでエンジンがブーンと鈍い音を立てて止まっていくかのような瞬間でした。でもそのたびに、強く、強く、踏み込んで、もう一度自分を奮い立たせたのです。

そしてつかんだ3回目での合格!

自分の番号を見つけた瞬間、喜びのあまり雄叫びを上げた、と想像されるかもしれませんね。私もそのような自分の姿をずっと夢見ていました。

でも実際は、一言

「あった……。」

とつぶやいただけ。

そしてそのままその場にへたり込んでしまいました。そのときの気持ちを表現するならば、「恐怖からの解放。」

嬉しいとか楽しいとかではなく、「許してもらえた。」という感じでした。

ああ、この原稿を書きながら、また試験の恐怖がよみがえって身震いしてきました(笑)。

というわけで第2回目はこれくらいにして、次回、もっと明るく前を向いた話をしたいと思います!弁護士になってから思うことや、ゆとり、豊かさなどについて、お話する予定です。次回もどうぞお付き合いくださいね。

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PROFILE

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

弁護士、元歌手

1976年大分県生まれ。1989年、東鳩(現:東ハト)オールレーズンプリンセスコンテストでグランプリを受賞し、芸能界デビュー。CM、ラジオ、イベント等への出演を経て、1994年日本コロムビアレコードより歌手デビュー。TBS「世界ふしぎ発見!」テーマソングや柏レイソルのオフィシャル・チアリング・ソングなどを歌唱。芸能界で活躍する傍ら、大学受験を希望し立教大学に合格。2003年同大学大学院前期課程修了(文学修士号取得)後、外資系製薬会社に入社。弁護士を目指すべく2010年名古屋大学法科大学院に入学し、2013年同大学院修了(法務博士号取得)。2015年司法試験に合格し、2017年平松法律事務所を開設。

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