息子の一言がきっかけで芸能活動を再開。今後も自分のペースで歩みたい-『子宮頸がん』から私を支えた“絆”(希良梨[きらり]さんコラム-第3回)

希良梨 (きらり)

第1回では子宮頸がん発覚の経緯から海外生活の様子について、第2回では台湾に惚れ込んだことをきっかけに住み始めたことや、結婚・妊娠・出産を経験したことについてお話させていただきました。

現在は体調と向き合いながら、仲間に支えられ、2015年から再開した芸能活動も続けています。今回で最終回となるこのコラムでは、現在の病状や仕事と育児の両立について、また、私の経験を通して皆さんにお伝えしたいことをお話させていただきます。

希良梨 (きらり)

「ママの夢は何?」の一言で芸能活動再開を決意

出産後は一時的に芸能活動をセーブして、子育て中心の生活を送っていました。子宮頸部の病変については、妊娠時から変わらず、がんに発展する可能性もある高度異形成の状態。手術も考えましたが、出産後も状態に変化はなかったので、検査を受けながら様子を見ています。

検査などを通して病気と向き合わなければならないとはいえ、子育てをしていたら毎日はあっという間に過ぎていきます。息子もすくすく成長し、あるときふいに「ママの夢は何?」と聞いてきたことがありました。その瞬間、ハッとしたんです。いつの間にか病気のことや子育てで手一杯になっていたけれど、私は仲間と一緒に作品をつくりあげたり、仕事をしたりすることが生きがいのひとつだったな……、と。

同時に、私には、ずっと一緒に仕事をしてきた大事な仲間がいて、自分はいろんな人に支えられているんだということをあらためて思い出しました。例えば、私を台湾へアテンドしてくれた親友は日本で生まれ育った台湾人で、昔から家族同士で付き合っている幼なじみ。台湾と日本の架け橋になるようなエンターテインメント業をしていて、私が台湾に住むようになって以来、台湾と日本の両方で芸能活動をしていた時期を支えてくれた仕事仲間でもあります。彼は、私がお仕事をお休みしている間も「もったいないからもう一度芸能の仕事をやってみたら」と、いつも私を応援してくれていました。

親友をはじめ、10代から仕事をしてきた中で出会った、「仲間」たちは私にとってかけがえのない存在。彼らと支え合いながら、少しでも多くの作品作りに参加して何かの役に立つことが私のしたいことなんじゃないかと、息子の一言をきっかけにあらためて気づくことができたんです。それまで後回しになっていた「夢」や「生きがい」に向かって、また仲間と一緒に頑張ってみたいという気持ちで、実際に2015年に芸能界に復帰しました。

現在は日本と台湾で、歌手の活動やテレビ番組・イベント出演など、いただいたお仕事を全力でやっています。最近では、台湾のファッション誌と沖縄の観光局がコラボしたイベントに出演させていただきました。沖縄は私の故郷なので、縁のある土地を繋ぐような機会に立ち会えたことも嬉しかったですね。また、今回のこのコラムのように、がんについて私の経験をお話することを通して、同じような境遇の方が少しでも勇気をもらってくれたらいいな……と思います。一回一回の機会を大切にしていきたいですね。これからも、育児に無理のない範囲で頑張っていくつもりです。

現在も検査は辛いけれど、「思いつめなければ開ける道もある」と伝えたい

高度異形成の病変に関しては、3カ月~半年に1回検査に行き、経過を見ることになっています。この検査が本当に辛くて、今いちばん嫌なことなんです……。病院には本当に行きたくないと思うけれど、悪化していたら大変ですし、子どもや家族のためにも「行かなくちゃ」といつも自分を奮い立たせています。毎回子宮の筒を開けて、麻酔をせずホチキスのような用具を使って「バチン!」と肉片を切り取るのが、耐えられないほど痛くて……。一度の検査で数カ所を切り取るのですが、円錐切除をしているのでただでさえ短い筒から肉片を取るのは難しく、時間がかかると余計に辛いんです。

息子は私の検査が大変な痛みを伴うことを知っているので、私が「行きたくない」と言うと「じゃあ一緒に行こう」と、主人と一緒についてきてくれます。おかげでいつも、「頑張ろう」という気持ちになることができるんです。また、私の母もしつこいくらい「ちゃんと検査に行きなさい」と言ってくれるので助かっています。たまにうるさいなと思ってしまうこともあるけれど(笑)、私がいちばん尊敬しているのは母。子宮頸がんが発覚したときから今までずっと「どうにかなる、絶対大丈夫」と支え続けてくれて、治療方針から保険のことまで、すべて私にとって最善の選択をしてくれて感謝しています。私も母のように何があっても家族を支えられる存在になりたい。そんな思いから、特に保険については人生を支える大事なものとして、息子のためにもじっくり検討しているところです。

私のように若い世代でがんになった方をはじめ、同じ状況で苦しんでいる皆さんに伝えたいのは「無理して頑張りすぎて、思いつめないで」ということ。病気のことばかりを考えて思いつめると、どんどん視野が狭くなってネガティブになり、同じように体の中にあるエネルギーまで失っていくような気がします。難しいことですが、時には、ある意味わがままになってみることも大切。自分を追い込まないで、やりたいように進んでいけば、自然と心にも体にも力が湧いてくると思うんです。

私は手術後にネガティブな気持ちを晴らすために日本を飛び出したけれど、おかげで思いつめることも減ったと思います。辛かった気持ちがわかる分、とにかく自分を追い込みすぎないで、ちょっとだけ肩の力を抜いてみて……、ということを皆さんにお伝えできるとうれしいですね。「マイペースにいこうよ。そうしたら何かがいい方向に変わるかも」と。私も体と向き合いつつ、家族や仲間の支えに感謝しながら、これからも自分のペースで一歩一歩進んで行こうと思っています。

⇒希良梨さんコラム「『子宮頸がん』から私を支えた“絆”」第2回を読みたい方はコチラ

⇒希良梨さんコラム「『子宮頸がん』から私を支えた“絆”」をもっと読みたい方はコチラ

⇒各分野の第一線で活躍する著名人コラム「一聴一積」トップへ

PROFILE

希良梨 (きらり)

希良梨 (きらり)

女優

1980年東京生まれ沖縄育ち。代表作にドラマ「GTO」「ギフト」映画「ラブ&ポップ」など。Kirariで歌手デビューを果たし、アニメ版GTOエンディングテーマに起用された「Last Piece」は台湾でも大ヒット。他「Toy Soldiers」などのヒット曲をリリース。2004年に海外へ生活の拠点を移し2008年台湾で結婚、翌年長男を出産。2012年に日本に帰国し、2015年に芸能活動を再開した。復帰のニュースは日本のYahooニューストップに!中華圏メディアも大きく報じた。オリンピック関連イベントテーマソングを歌い、日台政府イベントにも多数出演するなど、活動の幅を着実に広げる。新世代の日台アイコンとして活動中。

※この記載内容は、当社とは直接関係のない独立した執筆者の見解です。
※掲載されている情報は、最新の商品・法律・税制等とは異なる場合がありますのでご注意ください。