40代でまったくの異業種へ-女優と介護、二足のわらじを履き続ける理由(北原 佐和子さんコラム-第1回)

北原 佐和子(きたはら さわこ)

皆さん、こんにちは!北原佐和子と申します。

最近は働き方改革もあって、複業やダブルワークに注目が集まっているようですね。実は私は、この十数年、女優業と介護業の二足のわらじを履いています。女優としての私をご存じの方は驚かれるかもしれませんが、私にとってこの二つの仕事を行うようになったことはきっと必然で、今の私の人生には欠かせないものとなっています。

このコラムの第1回では、私が40代に入り、芸能界とはまったく異なる介護の世界へ飛び込んだきっかけをお話しします。

「自分が本当にやりたいことは何なのか?」を模索した30代

私は16歳のときに芸能事務所からスカウトされ、18歳でアイドル歌手としてデビューしました。小泉今日子さんや早見優さんなどと同じ「花の82年組」と呼ばれる世代です。

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写真提供:テイチクエンタテインメント

その後、女優に転身し、忙しい日々を過ごす一方、私は40代になるまで、芸能界以外の世界を知らずにいました。女優業は華やかに見えますが、仕事の波は激しく、仕事がない日が続くと、社会との接点がなくなったような気がして、精神的に不安定になることもありました。

その不安を打ち消そうと、空いている時間に日本舞踊やお花、三味線などのお稽古事に挑戦しました。でも、どれも今ひとつ夢中になれず……なかなか心が満たされなかったのです。

「自分が一番やりたいこと、夢中になれることは何だろう?」

「自分はこれからどうやって生きていけばいいんだろう?」

30代半ばから、そんなことばかり考えるようになりました。そしてあるとき、私がこれから進むべき道はどこにあるのか、自分の過去を振り返ってみたんです。すると、今でも鮮明に思い出せる、忘れられない出来事が3つあることに気付きました。

「自分の足で立ってみたい」異業種への道を後押しした想い

1つめは、私が子どものころのこと。駅の券売機の前で、高齢の方や視覚障がいをお持ちの方が戸惑っている姿を何度か見かけました。そのとき、「何か私にできることはありますか?」と声をかけることができない自分が情けなくて、もやもやした気持ちを抱えたことをよく覚えています。

2つめは、20代後半のこと。雨の日に車の中で友人を待っていたら、両手足に障がいのある男性が横を通り過ぎたことがあるんです。傘をうまく持てず、ずぶ濡れになりながら大通りでタクシーを待っているのですが、車はなかなかつかまりません。

そのとき、子どものころに困っている方に声をかけられなかったことを思い出したんです。あの後悔はもう嫌だと思い、私は勇気を出して「宜しかったら、車に乗りませんか?」と声をかけました。ご自宅まで送り届けた先で、自分の力で家の中に入って行く姿を見て、なんてたくましいんだろうと思いました。

3つめは、ホームパーティーで出会った友人のお子さんで、ダウン症の天君です。たくさんの子どもたちが玩具の奪い合いをする中、ほかの子どもたちが玩具に飽きたころに、天君はその玩具で一人静かに遊んでいたんです。その純粋で優しい天君の様子はとても印象的でした。

これらの出来事は、どんなに年月が経とうとも忘れることができませんでした。そんな思いが「福祉に関わってみたい!」と私の背中を押してくれました。

ハンディを背負っていても自分らしく生きている人たちの姿を見て、「自分も自分の足できちんと立ち上がって生きたい」と思うようにもなりました。福祉に関わってみたいという想いが、こうして自分の中でどんどん強まっていったのです。

不安や戸惑いはある。でも、まずは飛び込んでみないと始まらない

とはいえ、福祉の世界に進むことに対して、最初は不安も戸惑いもありました。今までまったく知らない世界でしたから。でも、とにかくやってみよう!せっかく見つけた自分のやりたいことなんだから、やれることから始めてみようと思いました。

まず、ホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)の資格を取るために学校に通います。女優としてテレビに出ていたので、学校に通うことは不安で、勇気が必要でした。久しぶりに机に向かうことの微妙な不安もありましたが、同時に、未知への挑戦のワクワク感もありました。年齢的には40代に突入していましたが、歳はあまり気にしていなかったように思います。実際には年上の方も数人いて、毎日が新鮮で楽しく授業を受けていました。

その後、何とか資格は取れたものの、仕事の機会はすぐに得られず、まずは傾聴ボランティア講座に通い、障がい者施設でボランティアをさせていただきました。施設の方に「ここで働かせてください」と唐突にお願いしてみましたが「障がい者施設では、ご本人、ご家族との信頼関係の構築が必要です。ですから、女優業をしながらではシフトが組めず無理です」とあっさりと断られました。それはそうですよね(笑)。

このとき、私の中で女優業を辞めるという選択肢はありませんでした。そして人手が足りないと言われている高齢者施設に目を向け、介護情報誌を片手に手当たり次第、施設へ電話をかけました。

でも、未経験者かつ複業の自分を受け入れてくれるところなんて、そうありません。30件以上は断られ続けました。「もう駄目かな……」と思いましたが、最後にかけた施設が、「とりあえず来てみたら」とおっしゃってくれたんです。

どうやらその施設は、数日前にスタッフが辞めたばかりで、猫の手も借りたいほど忙しかった所へ、私からの問い合わせで、まさに絶妙なタイミングが生んだ奇跡だったかもしれませんね。「女優業を続けながら介護の仕事もしたい」という私の無茶な思いを叶えくださり、介護の世界に入るチャンスを与えてくれたこの事業所には、今でも感謝しています。

こうして最初の一歩を踏み出したものの、私はそのまますんなり介護の現場に溶け込めたわけではありません。今では医療の知識を持って適切な介護を提供したいと思い、看護学校にも通っていますが、最初のうちは逃げ出したい気持ちのほうが強かったんです。私の異なる業種での挑戦については、次回のコラムで詳しくお伝えしたいと思います。

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PROFILE

北原 佐和子(きたはら さわこ)

北原 佐和子(きたはら さわこ)

女優、元歌手、介護福祉士

1964年埼玉県生まれ。高校在学中にミス・ヤングジャンプに選ばれグラビアデビュー。1981年アイドルユニット「パンジー」を結成し、1982年ソロデビュー。映画・ドラマ・舞台など女優業を中心に、レポーターとしても活躍の傍ら、介護活動に興味を持ち、2005年にホームヘルパー2級の資格を取得すると、実際の福祉現場を12年余り経験。現場経験を積みながら、2014年に介護福祉士、2016年にケアマネジャー(介護支援専門員)の資格を取得。現在は、ケアマネジャーという立場で医療知識を身につけたく看護学校に通う。また、ボランティア活動として『いのちと心の朗読会』を各地の小中学校や病院などで開催している。

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