苦楽をともにした仲間が財産-豊かな人生の鍵は人との絆(松尾 雄治さんコラム-第3回)

松尾 雄治(まつお ゆうじ)

みなさん、こんにちは。松尾雄治です。

ラグビーワールドカップはご覧になっていますか?僕も毎試合、楽しみに観ています。それにしてもラグビーのワールドカップが日本で開催されるなんて、すごい時代になったものです。しかも僕が長年、社会人時代にラグビーをした思い出の地、岩手県の釜石で試合が行われたのですが、僕はその試合を釜石市のみなさんと一緒に観たんです。
そのとき改めて、この町でラグビーができた喜びとともに、さまざまな思い出が蘇ってきて、感無量でした。

さて、これまでこのコラムでは「真に豊かな人生とは?」をテーマに2回にわたってお話ししてきました。最終回では、僕が豊かな人生を送る上で最も大事だと感じている仲間、それから、人とのつながりや絆についてお話しします。

ラグビーをした仲間とは、強い絆で結ばれる

今、ワールドカップの舞台の一つとなっている岩手県の釜石は、僕にとって第二の故郷です。大学卒業後、新日鐵釜石に入ってラグビーを続け、さまざまな思い出ができた場所ですし、引退後も釜石の方々には大変お世話になり続けています。東北地方太平洋沖地震の後、NPO法人「スクラム釜石」を立ち上げ、ラグビーを通じた復興支援を行ってきたのは、釜石に恩返しをしたかったからです。

僕は、釜石でワールドカップを開催することが復興につながるとの思いで、招致運動にも取り組んできました。震災によって大きな被害を受けた町に国際大会を招致することには当初、反対意見もありました。でも同じラグビー仲間の平尾誠二さんが賛同し、応援してくれたこともあって、大会の招致を実現できたのです。

その平尾さんのように、心から信頼できる仲間が沢山できたのは、ラグビーをやってきたからに他なりません。ラグビーは緻密な連係プレー、チームワークが何より重要なスポーツです。辛い練習、激しいタックルを受けたときの痛みや恐怖、良いプレーをしたときの喜びを分かち合った仲間とは強い絆が生まれます。だからこそ、今でも苦楽をともにした仲間とは良い付き合いができています。そうした仲間は言わば、人生における“宝物”です。彼らと一緒にいると良いひとときを過ごせますし、つくづく幸せに感じられます。

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ラグビーというスポーツには、人と人を強く結びつける不思議な力があります。たとえ一緒にプレーをしたことがなくても、ラガーマンというだけで昔からの友人のような仲になれることもあるのです。僕が海外に行ったときの話になりますが、「昔、ラグビーをやっていた」と現地の人に言うと「本当か?ポジションはどこだったんだ?」と会話が弾んだことがあり、その後すぐに意気投合しました。日本人だろうが外国人だろうが、一生懸命プレーしてきた人間は真のラガーマンであり、自ずと心が通じ合うものなのです。

ラグビーをきっかけに、各界の著名人とつながった

人とのつながりという意味では、ラグビーをきっかけに、各界の一流の方々と交流する機会にも恵まれたことも、僕にとっては大きな財産です。野球界だと、元読売巨人軍の長嶋茂雄さんや王貞治さんともお付き合いさせていただきました。偉大なお二方とともに過ごした時間は、僕の人生にとってかけがえのないものとなっています。

長嶋さんは、僕が現役引退を決めたとき、「引退はさみしいだろうけど、情熱さえあればいろんなかたちでスポーツと関わっていけるよ」と励ましてくれました。その後、僕がテレビのスポーツキャスターになれたのは、長嶋さんからアドバイスをいただけたおかげでもあります。テレビ番組の収録で世界中のスポーツ選手のもとを、長嶋さんと訪ね歩いたことは最高の思い出になっています。

その他にも、サッカー界ではメキシコ五輪の銅メダリストである釜本邦茂さんや杉山隆一さんともよく交流させていただきました。テレビの仕事をするようになるとさらに交流の輪は広がり、ビートたけしさんのような芸能界のトップに君臨してきた方々にも可愛がっていただきました。

そのような各界の一流の方々の生き様や振る舞いを見ていて、ある日、僕はふと思ったんです。誰もが人とのつながりをとても大切にしているな、と。人との出会いを一つの財産として捉え、それがその人自身の人生を豊かにしているように映ったんです。だからこそ僕は、人とのつながりは生きていく上で一番大切なことだと考えていますし、それが人それぞれの幸せに結びつくものだと思っています。

仲間と語り合える時間こそが最も豊かな時間

僕は還暦を迎えたとき、これからの人生をどう生きていくべきかいろいろと考えました。そうして行き着いたのが、会員制のダイニングバーを開業すること。ラグビー仲間や友人が集まって、飲み食いしながら楽しく語り合える場をつくりたかったのです。

それまで飲食業を営んだことなんてまったくないですし、言ってみればゼロからのスタートです。最初は、お客さんが来てくれるか不安でした。でもお店をオープンすると、昔のラグビー仲間たちが、次々と顔を見せてくれました。話題は自然と、現役時代の話になります。「あのときは本当に辛かったよな~」なんてことを笑いながら語り合う時間が、この上なく楽しいのです。ときには、先輩と衝突した話になり、「あのときは悪かった、水に流そう」なんて謝られて弱ったこともあります。

仲間が連れて来てくれるさまざまな業界のお客さまから、自分の知らない世界の話を聞くのも、本当に楽しいです。このお店は正直、儲けなんか度外視でやっています。でもここで仲間やお世話になった方々とワイワイと楽しく過ごすひとときは、僕にとってかけがえのない時間です。いくらお金を出しても買えませんからね。

人は一人では生きていけません。互いに良い刺激を与え、それを分かち合うことで、より豊かで充実した人生を送れるのです。どんなに地位や名誉、お金があっても、一人では本当の幸せを掴めないでしょう。この年になって、人生で最も大事なものは、人とのつながり、仲間であることを身に染みて感じています。そんなかけがえのない財産を僕に与えてくれたラグビーというスポーツに、心から感謝しています。

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PROFILE

松尾 雄治(まつお ゆうじ)

松尾 雄治(まつお ゆうじ)

元ラグビー日本代表、NPO法人スクラム釜石キャプテン

1954年東京都生まれ。名実共に日本ラグビー史上最高のスタンドオフと呼ばれる。小学校時代からラグビーを始め、明治大学に進み4年生の時には司令塔として当時低迷していた明大ラグビー部を初の日本一に導く。卒業後、新日鐵釜石に入社。1979年から選手、主将、監督兼選手として社会人選手権、日本選手権7連覇達成という「不滅の大記録」の原動力となる。V7達成試合を最後に新日鐵釜石を退社。引退後、ラグビー界初のスポーツキャスターに。1998年に公益財団法人日本ラグビーフットボール協会普及育成委員会委員に就任。現在は解説者、タレント活動、講演活動等を通じて自身を築いたラグビー界への恩返しとして普及、競技者の育成に務める。

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