終活、残りの人生-自分らしく。年を重ねなお、輝く(仁科 亜季子さんコラム-第3回)

仁科 亜季子 (にしな あきこ)コラム「自分らしく。年を重ねなお、輝く」

私が子宮頸癌を発病した時、子供たちはまだ小学校低学年。入学したばかりの娘の仁美、やっと3年生になった息子の正樹。まだ幼かった子供たちに「ガン」がどんなに恐ろしい病気か理解できる訳もなく。まして、今まで毎日、朝から寝るまでいつもすぐ傍にいて離れたことのない私が、ある日突然、急に何日も家に帰って来ないなど想像もしなかったことだろう。

仁科 亜季子 (にしな あきこ)

入院前日、しばらく家に居られないことを告げようと思い、部屋に呼んだ。どんな風に説明しようかと色々考えた末、「チャーちゃん(=私の呼び方)お腹の中に悪~い怪獣が入っちゃったみたいだから、闘って退治してくるね」と、正樹にその頃流行っていた怪獣退治を比喩して話した。正樹は、「一日?」「一週間?」「エッ!もっと長くなの?」と段々声が小さくなり、徐々に私に近づいてきて、最後は大泣きした。

私は「この二人を残して絶対に死ねない!!何がなんでも助けて!たとえ首から下が動かなくてもいいから生かせて!」と医師に懇願した。

病気の重大さは理解できなかったかもしれないが、母親が多分何かすごく一所懸命なのだということが感じられたのだろう。その後は二人共幼いながら明るく健気に振るまい、頑張ってくれた。

でも、もし私に万が一の事があったら、まだまだ幼い子供たちは将来、母の必死の闘いを覚えていてくれるだろうか、わかってくれるだろうか。

一所懸命生きようと……そして生きてきたことを感じてくれるだろうか?と思い、その思いを残したくて退院してから数年後、ある出版社からの依頼で一冊の本を出版した。

「いのち煌めいて」

というタイトル。ハードカバーの素敵な表紙の立派な本に仕上がった。それは、私のそれまでの人生の自分史とも言うべきものであった。

出版した本には書かれていないその後、今までに4度の大病をしたことや芸能界へ復帰したことなどを整理しつつ、エンディングノートにまとめ、人生の最後のページまでを準備してみようかと思う。

現在64才。人生の残り時間は、このまま順調に行けばあと20年くらいだろうか?

人生の3/4は過ぎてしまった。

一日一日と必死に走っていると、フッと気がつくと退院後はあんなに大切さを痛感していたことについても忘れがちになる。現在も定期的に続けなければならない月1回の血液検査、3ヶ月に1度の超音波等、6ヶ月に1度の胃と大腸の内視鏡。それぞれの結果が出る度に、「また1ヶ月、また半年、無事に終えられた、また延長された」と実感する。

その時は、生きている時間がとても大切に思える。

「終活」という言葉を最近はよく耳にする。エンディングノート等に、自分の葬儀について様々な希望を書く。一般的なものにするのか、親族だけにするのか、家族にまかせる、火葬のみでよい、とか、まず形式的なことから始まり、具体的には業者、費用、喪主、戒名、祭壇、お花の種類、音楽、遺影の準備は?家族や参列者へのメッセージは?会葬礼品は?お墓は?様々な項目が細かく分類されて質問形式になっていたりする。その類の本は最近は書店でも、多くみられ、選ぶのも一苦労である。

私も正樹へは「あなたが生まれた時、とてもとても嬉しかった!とてもとても幸せだった。私の息子として生まれてきてあなたはどうだったのでしょう?私からは感謝の一言です。有難う!」また、娘の仁美には、「これからパートナーと新しい家庭を築き妻として母として一家の太陽でいてください。」そんなことを書いた。あとは、菊の香りは好きじゃないので使わないで……とか、音楽は明るいのにして。とか……。

でも、書き始めて一人でページをめくるうちに何となく切なくなって途中でやめてしまったままになっている。いつか書き終えなければと思っている。考えると終活をするのにも体力、気力がいるものだとつくづく思った。

元気なうちにやらないと!!

自分の人生、最後のセレモニーの演出は元気なうちに組み立てていかなければと。だから「死」を考えるということは、今の「生」を考えることなのだと!!女優という仕事は有難いことに定年はない代わりに言い訳もできない。64才だから、足も腰も弱くなって記憶力も低下しているからと甘えられない。だからこそ、健康には充分注意をして、老いの坂道を少しでもなだらかにするように努力しないといけないと思う。

老後の目標は勿論、最後まで自分の足で歩き、自分の口で食べる。歯医者さんにも通い、ストレッチもやり、検診もかかさず。これが結構忙しいのだけれど(笑)。

P.P.K(ピンピンコロリ)を目指して頑張ると子供たちに言ったところ、「いやー、せめて一週間はいてくれないとー。」と言われた。映画みたいに「ずーっと長生きしてよ!」と言われるのかと思ったら、冗談ぽくそう言われた。

神様が生かしてくださった残りの時間を今も子供たちや孫や誰かに必要とされている限り、前向きに生きていきたいと思う。

マザーテレサの言葉にこんなのがあった―

「人生の最大の不幸は病でも貧困でもない。人に必要と思われないこと。」

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PROFILE

仁科 亜季子 (にしな あきこ)

仁科 亜季子 (にしな あきこ)

女優

1953年東京都生まれ。歌舞伎俳優十代目・岩井半四郎の次女として生まれる。1972年学習院女子高等学校卒業後、NHKドラマ「白鳥の歌なんか聞こえない」でデビュー。その後、NHK大河ドラマやTBS木下恵介「人間の歌」シリーズ等で、清純派女優として活躍。1979~1998年の芸能活動休止を経て、1999年に芸能界復帰、2000年より本格的に女優業を再開。近年では女優業に加え、バラエティ出演や自身の経験を基にがん治療に関する講演を行うなど幅広い活動を行っている。

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