「特別な病気ではない」と伝えたい-がんと共存する時代(大島 康徳さんコラム-第3回)

大島 康徳 (おおしま やすのり)

私は一昨年、大腸がんの腹腔鏡手術を受けました。今も月に一度は通院し、肝臓に転移したがんへの抗がん剤治療を行っています。

私は自分のがんのことを昨年の2月に公表し、そしてがん発覚から今日までの様子をブログにつづってきました。最近では、自分ががんとどのように向き合ってきたか、講演でお話しさせていただく機会もあります。このコラムの最終回では、私が今、世の中に一番伝えたいと思っていることをお話しします。

自然に生まれた「がん友」。その連帯感が治療の励みに

私は日々の暮らしをブログで発信しています。治療の様子を報告することもありますが、ほとんどはたわいもない日常の出来事。私は食いしん坊なので、食べ物についての投稿が自然と多いですね。あとは私をいつも支えてくれている妻、そして私を癒やしてくれている愛犬「祭」について書くことが多いです。

これまでブログを続けてきて一番よかったと思うのは、たくさんの「がん友」ができたこと。病院で検査を待っているときにブログを見たというがん患者の方と出会ったり、街を歩いていて「大島さんですよね。頑張ってください。実はうちの主人もがんなんです」と声をかけられたりしたこともあります。

私自身は、ことさら他のがん患者の方を励まそうとしてブログを書いている訳ではありません。でも、読者の中には自身ががん患者であったり、家族にがん患者がいたりする方も多いです。ブログのコメント欄を見ると、読者の皆さんの間で連帯感が生まれているのを感じます。そして、私自身もコメントに勇気づけられたり、アドバイスをもらったりすることがたくさんあります。

最近ではCT検査でがんが縮小したことが分かったと報告したら、「おめでとうございます」とたくさんのコメントをいただきました。そのような自然に生まれた「がん友」からの応援が、私が治療へ向かう励みになっています。

「配慮しすぎない」ことが、本人の暮らしやすさにつながる

私のブログのコメント欄には、がん患者やその家族の方から率直な不安や悩みが書き込まれることも増えました。つらい気持ちはため込まず、吐き出すことが大事です。そういった意味で、私のブログが少しでもお役に立てるならうれしいです。

そうは言っても、私自身はどんなにつらくても弱音は吐かないタイプ。そんな私に対して、妻は「かわいげがない。病気のときくらいもっと弱みを見せたり、甘えたりしてほしい」と言います。「あなたが一人で戦っていると、家族も一人で不安と戦わないといけなくなる。もっと寄り添って、みんなで一緒に戦うほうが家族としても楽だ」と言うのです。

でも、私は「男はどんなにつらくても、黙って一人で戦うもの」といった考えが身に付いてしまっている男。そんな私のせいで、家族のほうが私よりつらい思いをしてきたかもしれません。しかし、私が自分から弱音を吐かない人間であるように、がんとの向き合い方は人それぞれでもあります。

例えば、がんと聞いて心配し過ぎることは、本人にとってありがたいことであるとは限りません。がんになっても、これまで通り普通に生活や仕事ができる人もいます。そのような人に対して周りが配慮し過ぎてしまい、普通の暮らしや仕事がしづらくなってしまうのは、本人のストレスにつながり兼ねないことです。

がんになっても、家族を養うために働き続けている人もたくさんいます。高額な治療費を払うために、これまで以上に働かなくてはならないケースもあるでしょう。そのような人へ配慮するあまり、仕事を奪うことは、ダブルでダメージを与えることになります。

だから、がんになったからといって、あまりその人を特別扱いはしないでほしい。本人が働くことを希望するのなら、これまで通り働いてもらう。その上で体調が悪いときは、無理せず休んでもらう。そのような柔軟な考え方が、これからの社会にはより必要になると思います。

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がん患者は一人ひとり違う。がんのイメージにとらわれないで

今や生涯のうちに2人に1人ががんになるともいわれる時代です。がんは特別な病気ではなく、ごくありふれた病気です。それでもがん患者の中には、自分ががんであることを周囲に隠している人も多くいます。

それは、いまだに社会の中に、がん=死といったイメージが根強くあるからだと思います。でも、がんと一言でいっても、部位も進行具合もさまざまです。抗がん剤による副作用や後遺症の現れ方も人によって違うもの。腹腔鏡手術と開腹手術では、同じがんの手術でも術後の回復具合は異なります。

がんで亡くなったり、過酷な闘病生活を続けていたりする人がいる一方、これまでと変わらない生活を続けながら治療し、完治する人もいます。今は医療の進歩によって、早期に発見すればがんは治る病気になりつつあります。

だからがん患者を一括りにするのではなく、一人ひとり個別に見ていくということ。がん患者をイメージだけでとらえないことが大事です。がんに対する正しい知識、がん患者に対する理解は、今後の社会でよりいっそう求められるはずです。

そんな思いもあって、私は今、自分のがん体験を語る講演も行っています。私は自身ががんになったことで、自分が何かを得たとは思っていません。それでも自分ががんになったことで、世間一般のがんへのイメージや意識が変わるきっかけづくりができればと思います。

これからも依頼があれば、講演などを通じて私のがん体験を積極的に語っていきたいと思います。がんを完全に乗り越えた訳ではなく、今、まさに闘病中の私だからこそ、がんは特別な病気でないことを伝えていきたいです。

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PROFILE

大島 康徳 (おおしま やすのり)

大島 康徳 (おおしま やすのり)

元プロ野球選手

1950年大分県生まれ。中日ドラゴンズ(1969~1988年在籍)から北海道日本ハムファイターズ(1988~1994年在籍)に移籍し、当時史上最年長の39歳11カ月で通算2,000本安打達成。豪快にすくい上げるバッティングで本塁打を量産するスラッガーとして、中日・日ハム両球団の主軸として活躍。日ハム退団後、同球団監督を経て、現在プロ野球解説者であり日本プロ野球名球会会員。

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