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何よりも私を援けてくれた「がん友」たちとの出逢い-乳がんが私にくれた「贈り物」(山田 邦子さんコラム-第2回)

コラム 山田 邦子
山田 邦子 (やまだ くにこ)

私が乳がんの手術を行ったのは2007年のことでした。前回もお話したように早期発見だったということもあり、手術までの間は自分でも意外なほど落ち着いていたんですが、やはり家族や周囲はそういうわけにいきませんでしたね。そこで今回は、乳がんの家族を抱えることになった家族との向き合いかたや、がんという病気と立ち向かう上で欠かせない「がん友」の大切さについて、私の体験をもとにお話したいと思います。

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本人以上に落ち込んでしまった夫。家族に求められる対応とは?

実は、乳がんが発覚しても手術の段取りが確定するまで、マネージャーはもちろん主人にも報告をしなかったんです。当事者である自分がいちばん冷静に判断できるって思っていたのに加えて、明らかに主人の方がショックで大変なことになるってわかっていましたから。自分のことで手いっぱいなのに、人の面倒まで見られないじゃないですか(笑)。

最初に告知をしたのは主人だったんですけど、案の定どんどん落ち込んで具合まで悪くなっちゃってねぇ。ほんと面倒くさかったですよ(笑)。お医者様との面談に付いてきてくれるのはいいんですけど、最初の頃は質問もトンチンカンだし、お医者様の話も聞いていないし。まぁ、当然といえば当然なんですけどね。自分のことではないぶん、余計に心配してしまうわけですし、そもそも男性のほうが、いざという時にナイーブになってしまう生き物みたいですから。

元々、我が家は共稼ぎでお財布も別々。子どもがいないことや私の性格もあって、家族としてなんでも相談するというよりは、互いに素敵な時間や好きなことだけを共有するような夫婦だったんですね。そんな気楽なパートナー関係を大きく変えたのが、私の乳がん体験でした。そこで初めて、夫婦としての人生に関わる重たい問題を2人で抱えることになったんです。

互いの性格にもよるんでしょうが、乳がんという病気と向き合う上で、パートナーや家族の立場って、とても難しいものだと思うんですよ。特に妻や恋人が乳がんになってしまった男性は、正直どうしてよいのかわからなくなってしまうはず。私の主人も、一生懸命にあれこれ考えて行動してはくれたんですけど、先ほども言ったとおり、空回りのほうが多かったかもしれないですね。

これも人によるとは思いますが、私の経験から言わせていただけば、パートナーや家族など支える側の人間がすべき具体的な行動って意外と少ないと思うんです。むしろ、良かれと思ってしてくれているアドバイスやサポートが、患者さんにはストレスになることもあるんじゃないかなと。

大切なのは、何かを「してあげる」ことよりも、相手のことを見守ったり、理解したりしようとすること。まずは患者さんが今どんな気持ちでいるのか、何を考えているのかを聞いてあげてください。その上で、患者さんの意思を尊重して、その方向で支援してあげる。支える側ってつい先回りして考えてしまいがちですけど、やはりいちばん考えているのは患者本人ですから。私の場合も、主人が何かをしてくれたことより、ただそばにいて話を聞いてくれたことのほうが有難い記憶として残っていますね。私のことを「わかってくれている」人がいるというのが、何よりも頼もしく嬉しいんです。

治療の段階ではじめて感じた「不安」。支えとなった仲間たち

そうした周囲の支えがいちばん必要になったのは、手術が終わり次の段階の治療に入ったときでした。私の場合は全28回の放射線治療を経て、ホルモン剤治療に進んだんですね。放射線治療の際も、あれこれ大変でストレスが爆発しちゃうこともあったんですが、いちばん不安な気持ちになったのは投薬による治療が始まってから。それまでは頻繁に病院に通っていたのが、急に「次の診察は半年後です」って言われて。

今までは「なんでもお医者様任せにしておけばいいんだ」と気楽な気持ちで乳がんに立ち向かっていたのに、「これからは自分で考えていかなければならないんだ」って思ったら急に不安になったんですよね。「こんな小さなお薬が、本当に頼りになるんだろうか」って。

そんな時、大きな救いとなったのがいわゆる「がん友」。同じ経験を持つ方々との出会いでした。ホルモン剤治療が始まった時期が、ちょうどピンクリボン月間と重なっていて、乳がんのお仲間にたくさんお話を聞くことができたんです。そしたら、私と同じような不安を経験していた人がたくさん見つかって、そこで一気に不安な気持ちを和らげることができちゃったの。

自分では気丈なつもりでいたんですけど、やっぱり心のどこかで「なんで私ばかりこんな目に会うんだろう?」って思っていたんでしょうねぇ。それが「がん友」と出会うことで、同じ辛さや不安を抱える仲間がたくさんいることに気付いたわけ。それまで内向きで孤独だった自分が、初めて前向きに明るくなれたんです。「なんだ、みんなも一緒だったのね」って。

これは患者当人だけじゃなく、支える立場の人間も同じこと。私の主人も、乳がんのパートナーを持つ男性の集まりに参加することで、随分と気持ちが楽になったみたい。同じ悩みを抱えている仲間を見つけることは、本当に大事だと思いますよ。

ということで今回はここまで。次回は、乳がんが見つかってから10年が経った現在の私の生活や、乳がんとの出逢いによって得られた「贈り物」についてお話しさせてください。

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PROFILE

山田 邦子 (やまだ くにこ)

山田 邦子 (やまだ くにこ)

タレント

1960年東京都生まれ。1981年デビュー以後、司会・ドラマ・舞台・講演・執筆等マルチな才能を発揮。2007年、健康番組出演がきっかけで乳がん罹患を発見し、手術をする。その後はがんについての講演なども精力的に行い、また2008年にはがん撲滅を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し団長を務めている。2008年~2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」メンバー。2010年2月12日、一般社団法人日本釣用品工業会「ロイヤルアングラー賞」受賞。現在、NHKラジオ「日曜バラエティ」の司会や通販番組「痛快!買い物ランド ショップ島」のパーソナリティを務め、スポーツ報知でコラム「山田邦子の釣りウキウキ」を連載中。

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