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今、日本という国で起きていること

山口 周さんコラム - 第1回

経済成長だけを目指すことの不健全さ

みなさん、こんにちは。山口周です。

私はさまざまな企業の戦略策定、組織開発などを担当させていただき、現在では独立研究者、著作家、パブリックスピーカーといった肩書きを持ちながら、講演活動や著書などいろいろな場を通して、自らの考え方、今後のキャリアや社会の在り方についてお伝えしています。

昨年は「コロナ後の世界がどうなるか」といった議論をメディアでよく目にしました。私たちの社会に大きな影響を与えた新型コロナウイルスを決して軽視することはできません。しかし私たちの社会は、コロナ禍が始まる前から大きな変化のなかにあります。これからの時代を生きるには、その変化をきちんと認識することが大切です。

注目すべきは、先進国において文明化が終焉しているということでしょう。多くの先進国では、物質的に豊かな社会が実現され、もはや経済成長が見込めない時代になっているのです。まずは、その現象が最も明確に現れている、日本の現状についてお話しします。

技術は進歩するも、先進国の経済成長率は下落し続けている

日本の国際競争力の低下、経済成長率の低さを嘆く声をよく耳にします。日本からもGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のような最先端技術を駆使したイノベーション企業を生み出さなくてはならない、といった意見も耳にします。「90年代以降、インターネットやスマートフォンの登場で世界経済が活性化したように、今まで通りテクノロジーでイノベーションを起こせば、日本もまだまだ経済成長できる」と思っている人もいるようですが、私はそうはならないと思います。

2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・V・バナジーとエステル・デュフロは、「テクノロジーやインターネット、イノベーションが経済成長を促進させるという証拠やデータは一切ない」と言っています。GAFAのように単体で成長している企業はあっても、先進国全体を見れば、テクノロジーやイノベーションが経済を成長させたという事実はないのです。現実のデータを見れば、この50年間、フランスやアメリカなどの先進国の経済成長率は1960年代をピークにずっと落ち続けています。

高度経済成長期の日本では、会社員は手書きで文書を作成し、電卓やそろばんで計算し、連絡手段といえば電話か電報しかありませんでした。そのような社会でも、年平均10%前後の経済成長が続いていました。一方で現在、誰もがパソコンやスマートフォンなどの便利なツールを使っています。にもかかわらず、日本の経済成長率はここ10年ほぼ0%なのです。

このことは何を意味するのでしょうか。これまでの経済成長は基本的に、「便利で快適で安全」な社会を目指し、物を大量に作って売ることで達成されてきました。いわば文明化が、経済成長をもたらしてきたのです。松下電器に代表される日本の大企業の多くは、そのような大量生産、大量消費型のビジネスで成長してきました。しかし現在のように社会全体に物が十分に行き渡れば、新しい製品はだんだんと売れなくなるでしょう。

要は、長きにわたって経済が停滞している日本は、世界で最初に文明化をほぼ終了させた国なのです。交通機関にしろ、生活環境にしろ、日本ほど便利で快適、これ以上に安全な国は世界を見渡してもありません。逆にいえば、日本より経済成長率が高い中国やアメリカは、まだ文明化が終わっていないのです。そう考えれば、経済が成長しないことはむしろ喜ぶべきことかもしれません。私たちはそろそろ経済成長という過去の目標を捨て、次のステージへ進むべきなのではないでしょうか。

一つの指標を追い続けることの不健全さ

そもそもGDPを増やし、経済成長率をあげることは、必ずしも人々の幸福につながりません。世界価値観調査によると、日本が飛躍的な経済成長を遂げ「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていた1980年代の半ばより、不況が続く現在のほうが「幸福実感」は高い。そのことからも明らかです。

また社会という複雑なシステムを、GDP一つの数値だけで評価することがそもそも不健全です。例えば、人の体の健康状態を知るには、人間ドックなどで数十項目の数値を調べます。それぞれの数値に適正値が設定されており、そこから高すぎても低すぎてもいけません。「一つの数値だけ単純に適正値にすれば健康になる」なんてことはありえないのです。そう考えれば、単純に「GDPを伸ばし続けることが社会のためになる」という考えに合理性はないでしょう。

にもかかわらず、日本の政財界のリーダーの多くは、いまだに経済成長を目指しています。一般的に、社会で影響力を持つエリートは、与えられた物差しを用いて、競争することを好む傾向があります。その競争のなかで勝ってきた人たちは、経済成長以外の目標を思いつけません。本来、GDPのような指標は、目指すべきビジョンがあり、そこへの到達度を測るためのものです。現在の日本は目指すべき未来のビジョンを持たないまま、惰性でGDPという指標だけを追い続けているように思えます。

日本のリーダーが、自らビジョンをつくりだした経験がないことも現在の状況を作った要因の一つです。日本社会はこれまで、常に外部から目標を与えられてきました。明治維新の近代化ではヨーロッパ、戦後はアメリカの豊かな暮らしというお手本がありました。そこを目指して、がむしゃらに頑張っていれば良かったのです。現在の日本は、これまでの目標が達成されてしまったので、その先のビジョンを描けずにいるのが現状だと思います。

これからの社会をどのようなものにすべきか、一人ひとりが考え、行動する

私は今の日本の状況を、「登山」の時代が終わり、「高原」の時代がやって来たと考えています。登山の時代は多くの人が猛烈に働き、経済成長を遂げました。その反動から、公害や環境破壊などの負の側面ももたらしました。これからの高原の時代では、それぞれが思い描いている社会を実現させることが重要になります。

現代の日本は物質的に豊かになりましたが、誰もが心豊かに、充実した人生を生きているとは決して言えません。その証拠に日本の自殺者は年々増えています。今でも年間約2万人の方が自殺で亡くなられています。その最大の要因は「格差」でしょう。社会全体は豊かになったものの、経済的に追い詰められ、社会に絶望している人は増え続けているのです。日本の貧困問題は深刻で、実際に子供の貧困率はOECD諸国のなかで最悪です。

このような現状を受け入れた上で、私たちはこれからどのような社会を目指すべきなのでしょうか。登山が終わった後の高原の社会を、どのような姿にすべきなのでしょうか。一人ひとりがじっくり考えるべき時に来ていると思います。

私自身は、一部の人が取り残され、大半の人がそれを見て見ぬ振りをするような社会より、みんなで助け合い、誰もが本質的な意味で豊かな人生を生きられる社会を目指すべきだと思います。ただ、自然とそのような社会になって行くことはありえません。まずは高原の社会のビジョンを描いた人が、声をあげ、自分にできることから始めることが大事だと思います。

PROFILE

山口 周

山口 周(ヤマグチ シュウ)

独立研究者、著作家、パブリックスピーカー

1970年東京都生まれ。電通、ボストン コンサルティング グループ(BCG)などで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。

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