がんと向き合うことで得たもの-なぜ闘病しながら、現役フットサル選手であり続けるのか(久光 重貴さんコラム-第1回)

久光 重貴 (ひさみつ しげたか)

湘南ベルマーレフットサルクラブに所属する久光重貴選手は、31歳のときに肺線がんであることを告げられた。医師には「根治は望めない」と言われたが、4年たった今も治療を続けながら、現役フットサル選手として活躍している。久光ががんと闘いながらも日々トレーニングに励み、現役選手であり続けようとするのはなぜなのか。

下を向いているわけにはいかない…闘病と競技生活を突き動かす想い…

神奈川県小田原市の郊外にある小田原アリーナ。ここは湘南ベルマーレフットサルクラブの本拠地である。Fリーグ(日本フットサルリーグ)の公式試合が行われ、チームの日々の練習場所にもなっている。しかしこの日、コートの中に久光の姿は見当たらない。

「今日は大事をとって軽い筋トレだけで済ませました。でもここに来ることができ、久しぶりに練習に参加できただけでうれしいです。みんなが一生懸命、練習している姿を見て、僕も頑張ろうと思いました」

そう語る久光は昨年5月、チームの本拠地・小田原に引っ越してきたという。

「治療を続けながらも、フットサルを中心に置いた生活をしたかったんです。今は、10月から新しい点滴薬による治療を始めたところなので、激しい練習は控え、治療のほうにウェイトを置いています」

現在、久光は3~4週に一度の抗がん剤治療を受けながら競技生活を送っている。体が抗がん剤に慣れてくれば練習時間を増やしていき、そしてもちろん試合出場を目指す。

「ピッチに立てば、病気のことは関係ありません。チームの一員として貢献しなくてはなりません。そのためにもまずは、みんなと同じように練習に参加し、チームに必要な人間として監督やコーチから認められる必要がある。今はできる範囲で体力を落とさないようトレーニングに励んでいます」

久光 重貴 (ひさみつ しげたか)

久光が肺線がんの告知を受けたのは4年前だった。Fリーグに登録する選手に義務付けられているメディカルチェックによって判明した。症状はステージ3Bまで進んでおり、根治は望めなかった。

「しばらくは激しく落ち込みました。でも、チームのWebサイトで治療のために入院することを発表したら、SNSで『絶対に負けるな』『必ずピッチに戻ってこい』と多くの応援メッセージをいただきました。電話やメールもたくさん来て、携帯が鳴り止まないほどでした。こんなに多くの人が応援してくれているのだから、僕が下を向いているわけにはいかない。がんであることに気付き、これだけの応援をいただけたのは僕がフットサル選手だったからです。もう一度ピッチに立って、ファンのみなさんに恩返ししたいと思ったんです」

ピッチに立つことが最終目的ではなく、新たなスタート地点に

そこからがんとの闘いが始まった。まずは飲み薬の抗がん剤による治療を始める。その4か月後には復帰に向けて筋トレやウォーキング、ジョギングを始め、前向きな気持ちで治療にも取り組んだ。やがてがん細胞は発見当初から3分の1にまで縮んでいた。

「2014年2月、シーズンのホーム最終戦でピッチに立つことができました。でもこのときは無理なトレーニングがたたって肉離れを起こしてしまい、コンディションは最悪でした。
ピッチには立ったものの、ほとんど活躍できなかったんです。ピッチに立てたことはうれしかったけど、それは最終目的地ではない。ここを新たなスタート地点にしないといけない、と思いました」

チームに貢献できなかったことが心から悔しかった。今度は最高のコンディションで試合に臨もうと、体調管理やトレーニングに万全を期すようになる。

「がんになる前は、試合に出られることを当たり前のように思っていました。でもがんになり、ピッチに立つ時間の貴重さを痛感しました。だからピッチに立つときは最高の状態で、1秒も無駄にせず、チームが勝つために最善の行動をしなくてはならないと改めて思ったんです」

チームの中には、ピッチに立ちたいと必死で練習しながら登録選手に選ばれない者もいる。

「ピッチに立つ者は、そんな悔しい思いをしている人の分まで頑張る責任があると思うんです。自分ががんになってから、なおさらピッチに立てなかったり、調子が悪かったりする選手のことが気になり、励ますようになりました」

また、がんになってからチームやフットサルとの関わり方も変わったという。

「僕ががんと闘いながら競技生活を続けていることで、フットサルをより多くの人に知っていただくきっかけになればうれしいです。それは僕にしかできないこと。フットサルというスポーツ、湘南ベルマーレというチームがあったからこそ今の自分があります。フットサルやチームを盛り上げるために、自分が役に立てることは積極的にしていきたいです」

久光 重貴 (ひさみつ しげたか)

がんだけが特別なことではない…治療を前向きに乗り越えるために…

久光は「治療で使う抗がん剤によって生活リズムが変わる」と説明する。そのもどかしさに、ときにはくじけそうになることもあるのではないだろうか。

「でも、誰だって普通に生きていれば、つらいことや苦しいこともありますよね。がんだけが特別なことではない。僕は嫌なことやつらいことがあったときは、自分の原点を思い出すようにしています。純粋にボールを蹴ることを楽しんでいた少年時代のことや、初めてゴールを決めて周りの人たちが喜んでくれた瞬間のことを思い出すことで、前向きな気持ちになれるんです」

そして「もう一度ピッチに立って、ゴールを決めたい」――そんな思いがあるから、治療にも前向きになれる。

「目標はもちろんFリーグでの優勝です。ゴールを決めて、みんなと勝利を喜びあう。その瞬間はやはり最高です。自分はもう若い選手と同じようには走れません。でも僕のプレーでチームの勝利に貢献できることは、きっとあるはずだと信じています」

久光にとって現役Fリーガーであり続けることこそが、がんと闘う上での最大の力になっているのである。

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PROFILE

久光 重貴 (ひさみつ しげたか)

久光 重貴 (ひさみつ しげたか)

湘南ベルマーレフットサルクラブ選手

1981年神奈川県生まれ。小学校1年のとき、横浜サッカークラブつばさでサッカーを始める。その後、ヴェルディ川崎ジュニアユースから帝京高校を経て、ナオト・インティライミとの出会いをきっかけにカスカヴェウ(現ペスカドーラ町田)の一員となる。2008年には湘南ベルマーレフットサルクラブに移籍。翌年2009年にはフットサル日本代表にも選出されたが、2011年に骨髄炎を発病。再び歩くことは難しいと診断されながらも、見事に復帰を果たす。しかし、2013年のメディカルチェックで右上葉肺腺がんが見つかった。それでも周囲の声に支えられて、抗がん剤治療を続けながら、現役Fリーガーとしてプレーしている。

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