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21世紀の戦争と平和の視点から読み解くロシア・ウクライナ戦争

三浦 瑠麗さんコラム - 第2回

エネルギー安全保障とカーボンニュートラル目標の行方

ロシアによるウクライナ侵攻で、各国のエネルギー政策は大きな影響を受けています。「脱炭素」より前に「脱ロシア」の掛け声がなされ、中長期的なカーボンニュートラル化の道のりとは別に、短中期的な課題を抱えることになったからです。いずれも対露制裁に加わっているG7諸国のうち、一次エネルギーの海外依存度が高い国は日・独・伊の三か国です。日本は相対的にロシア産のエネルギー依存度が低いですが、制裁によるエネルギー価格の高騰によってまずは影響を受けることになります。

原油価格の高騰は、コロナ禍とそこからの回復による影響ですでに問題となっていました。そこへロシア・ウクライナ戦争と対露制裁が追い打ちをかけます。エネルギー生産量の不足だけでなく、運輸にまつわるリスクも存在しており、スポット価格が上昇して中長期的な安定需給が見込めない状況に陥っています。日本社会にも今後様々な影響が生じますが、まずは電力自由化の結果として立ち上がった新電力がこうした地政学リスクに弱いことが露呈し、経営基盤が揺らいでいます。

ロシア・ウクライナ戦争については、短期的に停戦合意が成立したとしても、即座に平和が訪れるとは、私はあまり考えていません。占領都市からの撤退後に明らかになったロシア軍による処刑や数々の戦争犯罪は、2014年以来の独立勢力およびロシア側とウクライナ政府との敵対関係への報復感情が反映されたものであり、市民を広く巻き込んだものです。ロシア政府は、アゾフ連隊のような反ロシア主義の民兵への「懲罰」戦争という建前を掲げていたはずが、占領地での軍の行動はウクライナ語話者を殺害するというような無差別殺戮に近い行動に出ているという現地からの報告があります。ついこの間まで隣り合って暮らし、あるいは行き来していたはずの異なる民族間の憎悪は、すでに修復不可能なところにまできているのでしょう。ですから、仮にロシア正規軍がウクライナ国境の外に退却したとしても、「内戦」は長期化する可能性があります。ウクライナ政府からすれば、対露協力者は「テロリスト」として理解されるからです。そうすると、西側諸国もプーチン大統領が権力の座にとどまる限りはロシアとの関係を修復することは難しいでしょう。

当然、エネルギー問題も短期的な影響というより中期的な影響を軸に考えなければいけなくなります。日本もエネルギー戦略の練り直しが必要ですが、ロシアとより直接的な敵対関係にあるNATO諸国は、対露エネルギー依存を長期間かけて根本的に見直すはずです。

例えば、脱原発・脱石炭を目指し、ロシアからのエネルギー輸入に頼ってきたドイツは、今般の戦争を受けてノルド・ストリーム2計画の承認手続きを停止、「脱ロシア」を目指す方向です。しかし、エネルギー輸入の多角化には最低でも数年はかかります。現在、ドイツの天然ガス輸入量の半分以上はロシア産が占めています。ドイツは液化天然ガス(LNG)基地を保有しておらず、パイプラインによる天然ガス輸入に依存してきたため、産地変更が容易にできないのです。この問題を解決するためにはインフラ投資が欠かせず、それには数年単位で時間がかかります。すでに、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン・ワッデン海沿いの二つの港湾都市にそれぞれLNG輸入基地を建設する予定が発表されていますが、これが両方実現したとして、国内の天然ガス需要の2割を担うことができるようになる計算です。

欧州はロシア産の石炭禁輸などの追加制裁も発表し、日本も段階的削減を打ち出しましたから、ロシア以外の産地の石炭が買い漁られる結果を招き、石炭価格も急上昇しています。石炭火力発電からの脱却を打ち出すのが遅れ、気候変動対策に後ろ向きな国として、日本が「化石賞」を二回連続受賞したことは記憶に新しいでしょう。「黒いダイヤ」と呼ばれ、反気候変動対策のトランプ支持者を象徴するような石炭。それを各国が買い漁って値が高騰しているのですから、奇妙な気分を禁じ得ない人も多いでしょう。脱炭素の前に「脱ロシア」ということだとすると、カーボンニュートラル化の流れはいったん止まってしまうことになるのでしょうか?

実は、資金の流れを見ればまったくそうではありません。化石燃料の価格高騰は莫大な利益を関連企業にもたらしています。日本でも2022年3月期決算において大手7商社の最終利益が過去最高であり、大手エネルギー会社の利益も過去最高であったと報じられているように、エネルギーにかかわる産業は多大な利潤を上げています。企業防衛のため、化石燃料依存型ビジネスにおいて「荒稼ぎ」したお金がつぎ込まれる先は、再生可能エネルギー関連がかなりの比重を占めるでしょう。世界的なグリーン企業には、古くから電力会社などとしてエネルギー産業に従事していた企業が、再エネ企業を買収して巨大化していったプレーヤーが少なくありません。すでにグリーンには莫大なESG投資が流れ込んでいますが、それに加えて化石燃料関連企業の大幅増収がさらにグリーン投資を加速するという効果が生まれているわけです。現に、昨秋日本において洋上風力発電事業を軒並み落札したのは三菱商事が主体となった企業連合ですし、石油小売り大手のENEOSは太陽光発電事業を展開する中堅ベンチャーを破格の2,000億で買収しました。今後、グリーン関連技術やインフラには多くの資金が投入される見込みは変わらないどころか、制裁によって加速する効果さえあるのです。

他方、非産油国の発展途上国は大きな危機に晒されかねません。エネルギー価格の高騰は、端的に貧困層や貧困地域を圧迫するからです。また、エネルギー価格の高騰は新興国ではインド、タイ、トルコ、南アフリカ共和国などの輸入依存度の高い国の物価高をもたらす傾向にあります。原料を輸入に頼った石油化学製品を多数輸出しているインドなどは、その方面での影響も受けることになります。インドが安価なロシア産の原油輸入を継続するのみならず購入量をむしろ増大させているのには、政治的、軍事的な理由だけでなくこうした背景があるのです。制裁による燃料高は、インドにとってまさに経済や国民生活を直撃する問題だということです。

アメリカのバイデン大統領はインドのモディ首相に対し、ロシア産原油の購入を増やすことはインドの国益に叶わないぞと警告しています。QUADの一角をなし、民主国家であるはずのインドがなぜ制裁にも協力せず、対露非難決議にも加わらないのか。バイデン大統領の反応からはそのような苛立ちが見て取れます。しかし、インドに圧力を加えても西側諸国の思い通りにはならないでしょう。これまで、西側先進諸国は自らに都合のいい理屈を見つけて思い通りにしてきた。自分たちの人権状況にも口を挟んでくる尊大な国だ。そうした思いを抱えている国は新興国には少なくありません。

魔法の杖はないのです。先進国であるドイツがロシア産の天然ガス依存から脱却するのにさえ何年もかかるというのに、新興国が国民を食わせていくにはそれをはるかに上回る困難があります。制裁でエネルギー価格を高騰させるなら、ロシア産の原油を買うまで。インドの態度は究極のリアリズムに他なりません。制裁を主導するアメリカでさえ、足元では民間による新規シェールガス開発は長期的な投資回収が見込めないので進まないというのが現状です。主権国家を前提とする限り、政治が右向け右と言えば、経済はそれに従うほかありません。しかし、個々のプレーヤーは危機管理の一環としてそれに対応するため、政治が好むようなやり方でついていくとは限らないのです。皮肉なことながら、グリーンを掲げたバイデン政権が本音ではシェールガス生産を増やしたくとも、すぐさま思い通りにはならない。制裁をめぐる軋轢は、単にモラルを説くことのみでは国家間協力が実現しないばかりか、国内アクターに対してさえ、政治の意思を通すことは困難だという事実を浮き彫りにしています。

PROFILE

三浦 瑠麗

三浦 瑠麗(ミウラ ルリ)

国際政治学者、シンクタンク 株式会社山猫総合研究所 代表

1980年神奈川県生まれ。内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学農学部を卒業後、同公共政策大学院および同大学院法学政治学研究科を修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て、2019年より現職。テレビをはじめ各メディアで活躍する一方で、多くの執筆や言論活動も行う。近著に『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)のほか、『21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか―』(新潮社)、『政治を選ぶ力』(橋下徹共著/文春新書)、『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)など著作多数。

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