日本の新しい産業―観光-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第4回)

伊藤 洋一(いとう よういち)

日本は久しく「製造業の国」だった。明治維新で目覚めた日本の世界経済への登場は、何よりも「世界の工場」であることから始まり、そして今は「製造業の頭脳・ハブ」の地位にある。それは良いことだし、今後も日本を支える非常に大きな産業分野であると思う。しかしそれだけでこの少子高齢化を迎える国を支えることが出来るだろうか。筆者は新しい産業、つまり「サービスに関わる産業」がこの国に根付く必要があると思うし、それだけのアセット(自然、大都市の景観、全国に3,000以上ある温泉、おもてなしの心など)を日本は持っていると思う。

伊藤 洋一(いとう よういち)
和食は日本のスペシャル

イギリスを考えてみる。今はもうその面影はないが、かつてこの国は紡績など様々な分野で産業革命を起こし、「モノ作り」で世界をリードした。18、19世紀という昔だ。その地位は20世紀にはアメリカ、日本に引き継がれ、さらに最近までは中国が担った。そして中国もベトナムやタイにその地位を譲ろうとしている。

では、イギリスは「世界の工場」の地位を失って貧しくなったのか。それは違う。イギリスは今でも先進国の中でも高い地位を保ち、世界でも魅力ある国の一つだ。何よりも「サービス産業」が多くの雇用と所得を生んでいるからだ。金融、不動産、観光とイギリスが得意とする分野は多い。首都ロンドンは今でも日本人の人気海外旅行先に常にランキング入りしている。依然として“食”にそれほど魅力がないのにイギリス、そしてロンドンには何故か行きたい。

多分日本はイギリスよりずっと長くこの先も「製造業の頭脳・ハブ」でありうる。何よりも国民に「モノ作り」への哲学・熱意がある。それは日本の歴史が培ったもので、モノを繊細に、綺麗に仕上げる能力では日本人の右に出る民族はない。これはメリットだ。しかし人手を要する工場が海外に出て行っている現実を見ても、日本が「製造業の国」だけでやっていけるとも、それが良いことだとも思わない。

筆者は日本も「サービス」に属する分野の産業を育成することが必要だと思う。具体的に言えば「観光」だ。去年の訪日外国人の数は約1,036万人で史上最高。今年はそれが10月までの訪日外国人数をベースにすると1,300万人ほどになりそうだ。著しい伸びだ。2020年の東京オリンピックも足場となって、今後も増加ペースは続くと考えられる。円安、アジア諸国での訪日ビザ取得の緩和、羽田などでのLCCの発着枠拡大などが日本への外国人の旅行者増大を支えている。

伊藤 洋一(いとう よういち)
外国人旅行者で業績も良い銀座三越

最近興味深い新聞記事を発見した。「訪日客11人で定住1人分消費」と日本経済新聞。それによると「日本を訪問する外国人11人が国内で消費する金額は、平均的日本人一人の年間消費額に相当する」という。ということは、日本の人口は既に減少トレンドに入っているが、それに逆行する形で訪日観光客を増やせば、日本人の消費のマイナス分をかなりの程度補える、ということだ。

これは明らかに「観光」が日本にとっての大きな成長産業である事を物語っている。既に数のモメンタム(はずみ)はついているのだから、期待して良い。実際に旅行好きの筆者は北海道に行っても沖縄の離島に行っても、実に多くの外国人観光客を目にするし、日本の様々な産業(旅館、ホテル、飲食、小売り)を潤している。最近の外国人旅行者の特徴は、日本の実にディープな観光地にも足を伸ばしていることだ。日本人もあまり知らない京都の寺のライトアップにも、小江戸と言われる川越にも、そして北海道の東部にも数多く訪れている。彼等は「日本の良さ」に惚れ込んでいるように見える。

訪日外国人旅行者の増加は、日本の小売りの図式を大きく変えている。例えば外国人旅行者の多くが一度は訪れる銀座に居を構える三越の売り上げは、消費税の引き上げによる日本国内の消費低迷、デパートの売り上げ減少とはずっと無縁だ。外国人の客が増え続けているからだ。既に同店の売り上げの10%程度は、「外国人消費」となっている。インパクトは大きい。そして今、日本全国の小売業者が「外国人需要」の取り入れの必要性に気がつき始めている。

やらなければならないことは沢山ある。外国人が日本のディープな場所に来始めたことは、日本からの発信というよりは彼等同士のネットを通じた情報がうまく回転していることを意味している。それをちょっと後押ししてやれば良い。英語、中国語だけでなくいろいろな言語で情報を流すことだ。人口が増えるイスラムの客への対応としてハラール(イスラムの教えで許された食べ物や活動)対策も重要だ。不親切な街の看板も改善する必要がある。

日本は世界の中で“観光立国”と言われる国々(例えばギリシャやエジプトなど)に比べて、はるかに遙かに多様な魅力のある国だ。国土の三分の二を覆う緑。これは先進国では稀だ。綺麗な空気、多彩な山と海、温泉、そして世界に誇れる料理。日本の製造業が残してきた足跡(工場や軍艦島など)も資源だ。一方で“足代”は安くなっている。人口(6,600万人)を上回る年間外国人旅行者(8,000万人)が来るフランスほどでなくても、人口の三分の一の4,000万人が来る国になれば、日本はまた面白い国になるだろうし、その資格は十二分にあると思う。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2014年11月13日に掲載されたものです。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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