「原油安」と戦う黒田日銀―勝ち目はあるか-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第5回)

伊藤 洋一(いとう よういち)

先月末に日銀が「量的・質的金融緩和の拡大」(マーケットの一部の人が言うところの“日銀バズーカ第二弾”)を発表してから1カ月余り。そのインパクトは強烈だったと言える。日本はむろんのこと世界的な株高を演出し、外国為替市場で円安を誘発した。意表を突く発表のタイミングとそのパワフルな中味。それは約36時間前にFRB(連邦準備制度理事会:米国の中央銀行にあたる機関)の政策決定機関であるFOMCが発表した「量的金融緩和の第三弾(QE3)打ち切り」への懸念を吹っ飛ばし、人々に世界的な“超”金融緩和状態が続くことを確信させた。

伊藤 洋一(いとう よういち)
日本銀行

混迷や行き詰まりが常態の日本の政治に比して、日銀の意図と措置、その効果は際立っていた。耳にも目にも入れたくない言葉が飛び交い、意味のない退席と審議拒否が続く国会に比べ、日銀の措置はある意味凜々しい。世界的な傾向ではあるが、経済政策における「政治の“退場”と“中央銀行時代”の到来」を思うのは筆者だけだろうか。

中でも存在感が大きいのは黒田東彦総裁だ。大蔵・財務省時代の愛称は「クロトン」で、筆者は同総裁には数回お会いしている。記者会見でもそうだが、笑みを絶やさず、いつも知的に話をする人だ。氏の総裁就任(2013年3月)以来、二回(最初は2013年4月4日)の金融緩和措置はともに「メガトン」級だったと言える。

日銀の緩和措置が強いインパクトを持った理由は、首尾一貫した意図を持ち、“揺らぐ気配がない”ことが大きい。11月第一週の「きさらぎ会」(※)での講演で黒田総裁は「量的・質的金融緩和のもとでデフレマインドの転換は着実に進んできています。今、この歩みを止めてはなりません。デフレという慢性疾患を完全に克服するためには、薬は最後までしっかりと飲み切る必要があるのです。中途半端な治療は、かえって病状を拗らせるだけです。」と述べている。つまり「中途半端な治療」はしない、「薬は飲みきる」と言い切っている。

(※)共同通信社が主宰する、政財界トップの講演・KyodoWeekly発行を柱とする研究会

しかしこの黒田総裁の“強気”の裏側には、景気判断における“弱気”がある。超緩和第二弾の声明文は「物価面では、このところ、消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働いている。(中略)短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクがある」と指摘する。つまりデフレマインドが再び日本人の心に沈着する危険性を察知しているのだ。これが彼の「日本経済の先行きに対する弱気」だ。“強気”の裏に潜む“弱気”。黒田総裁は「2%の物価上昇目標達成」(ご自身の約束)に強いこだわりがあるが、今回の大規模追加緩和で改めて実現を期したと言うことだ。

しかし、黒田金融政策には「不安」もある。日銀は「原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働いている」としていて、ある面日銀は「原油価格の下落と戦う」という構図になっている。しかしこれは難しい。ドル建ての原油の世界相場を日銀が操作する方法はない。なにせマーケットがでかい。サウジアラビアのアメリカに対する政治的思惑もあれば、プーチンのロシアを弱体化させたいアメリカの思惑(原油安はロシアにとって痛い)もある。

ドル高は資源価格の低下を誘発する。ということは、円安は日銀にとっての情勢悪化(原油安、インフレ率低下)を意味する。世界のマーケットでは、「60ドルの原油」を予測する向きもある。国内石油価格引き上げを日銀として誘発するには円安がてっとりばやい。しかし、「円安」の進行には弊害が伴う。原発が止まっている中では日本のエネルギー輸入価格は大幅に上昇するし、輸入品に頼っている業種は苦しくなる。もうこれは経済界から苦情が出ている。

さらに経済やマーケットを監視する立場の日銀が、過度にプレーヤーになる危険がある。日銀は発表文で『ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約3兆円(3倍増)、年間約900億円(3倍増)に相当するペースで増加するよう買入れを行う』と述べている。ということは、ETFなら「3兆円÷242」、J-REITなら「900億円÷242」という買い入れを一日平均で年間を通じ行うということ。「242」というのは、大体の年間マーケット営業日。計算式から出てくる数字は前者が124億円、後者が3.7億円。一日平均でそれだけ買うと言うことだ。

日銀のオペレーターは恐らく相場感をもって購入額の増減を行う。これはもう「一大プレーヤー」と言って良い。むろん日銀は経済や市場でのプレーヤーだ。しかしそれは主に“監視役”であって、必要なときに政策を発動し、市場に介入する存在の筈だ。毎日ETFを124億円も買うのは本来の役割ではないし、今の日銀は国が発行する国債のほぼ全てを買っている。これは異常だ。だからこそ黒田・日銀の新たな緩和策は「賛成5 反対4」という僅差での決定になったのだろう。言えるのは、政治ができる事をもっとしていたら日銀の負担は軽くなる、ということだ。政府はいわゆる「第三の矢」の中味をパワフルなものにすべきだろう。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2014年11月27日に掲載されたものです。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ・金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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