「MIRAI」の「未来」、日本の「ミライ」-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第6回)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

筆者が初めて「燃料電池車」(FCV)と呼べる車に乗ったのは2007年の11月だ。環境問題に関するNHKの番組(「地球特派員」という番組名)でドイツを取材中だった。場所はミュンヘンのBMW本社。使われていた車体は7シリーズ(大型セダン車)用で、アウトバーンに乗って実際に自分で運転してみた。とっても静かで快適だった。もっともその時私が乗ったのは「最初の100キロは水素を燃料に走る」が、「それ以上はガソリンで走る」という両用車(ハイブリッド)だった。値段は一台一億円と聞いた。

伊藤 洋一 (いとう よういち)
トヨタ自動車・燃料電池自動車「MIRAI」

それから7年。「一回の水素充填で650キロ走る燃料電池車を2014年12月15日から発売する」と日本の自動車メーカーが発表した。テスト車、試作車としてではなく、世界初の“市販車”として。値段は723万6,000円。ちょっと高い。しかし国が総額202万円の補助金を出すし、東京都や愛知県も県としての補助金(100万円程度)を検討している。となると一般消費者が買える値段は400万円台となる。決して高くない。

その名は「MIRAI」(ミライ)。発売するのはトヨタ自動車。従来のガソリン車やハイブリッド車的な呼び方で言うと「燃料電池車」(FCV)となる。“電池”という単語に惑わされるが、実体は「貯蔵水素を空気中の酸素と反応させて電気を作り、それで走る“水素発電自動車”」である。ベンツ、GM、BMWなど世界の他の主要自動車メーカーを引き離して、「いの一番」に日本のトヨタが先行発売する。

この車に関しては、マスコミは11月に数多い記事、映像を配信した。「排ガスゼロで究極のエコカー」「水しか出さない」「静かで加速が凄い」(電気自動車はみなそう)「一回の水素充填で650キロ走る」「まだ水素ステーションは全国で13カ所しかない」「しかし間違いなく未来の車だ」と華やかだった。

しかし筆者は「観察者の目」に加えて「購買者の目」をもってこの車をかなり詳細に研究し、関係者から話を聞き、そして資料も集めた。その結果、この車にはいくつものマスコミの人達が書かなかった特徴があることが分かった。

  1. 大量生産はしないし、出来ない車であり、毎月の生産台数は限られている。プリウスのように数年で街に溢れるといった車には今のところならない。
  2. 2014年12月15日に発売になるが、作り置きはなく実際に生産が開始されるのがその日で、大部分の購買希望者にとって納期が非常に長く、誰にとっても珍しく貴重な車になる。
  3. 通常の車のように「オプション」が一杯用意されているということはない。最初から高いレベルの仕上がり、スペックとなっている。選べるのは6色の車体カラーと3色のインテリア・カラーくらいである。
  4. しかし「販売店装着オプション」としてトヨタが全購買者に装着を希望するのは専用ナビシステムとしての「 MIRAI専用T-Connectナビ9インチモデル(DCMパッケージ)」で、これが燃料電池車である「MIRAI」(ミライ)特有の“必要”と“愉しみ”を作りだす。

このうち最初の3つのポイントは、この車の特殊性を良く物語っている。登場が長らく待ち望まれていたものの、燃料電池システムの小型化など様々な技術的困難故に、世界中のメーカーが“試作車”は出来ても“市販車”を登場させることが出来なかった。私が試乗したBMWにしてそうだった。

それをトヨタはわずか数年で、我々が買える値段で売れるようにした。実際にはナビがセットでの販売店装着オプションでもうちょっと高くなるが、それにしても国、県の補助金があれば500万円以内で収まる。世界で数ある自動車メーカーの中でFCVを市販可能な車にしたのが日本のメーカーであることが嬉しいし、発売時期でそれに続くのはまたまた日本のホンダと見られている。なんという技術革新か、そして何という日本企業の技術力か。アメリカでも、ドイツの企業でもない日本の企業によるFCV先行発売。

4.の専用ナビには音楽・映像などの楽しみ以外に、各種の安心システムが埋め込まれている。各「MIRAI」(ミライ)の燃料電池システムを販売店やメーカーが「遠隔監視」してくれるし、近くの「水素ステーションのリスト」も表示してくれる。これらはスマホにダウンロードする専用アプリ(Pocket MIRAI)で車を離れていても確認出来るし、各水素ステーションの給電可能時間帯(資格のある取扱担当者が必要)も知ることが出来る。

一回の水素充填にかかる時間は、わずか3分。最低限数十分、通常は数時間充電時間が必要な電気自動車に比べて“優位”は明らかだ。水素ステーションも今後急速に増えるだろう。ガソリンやディーゼルなど化石燃料を燃やす内燃機関の車に対して、限りなく環境に優しいという特徴がある。かつ水素さえ充填出来れば、災害時に住宅や家電にずっと給電が可能だ。

いろいろ調べて私が達した結論は「買い」だ。「MIRAI」(ミライ)は日本の未来の少なくとも一角は担う。よってそれに関与する、消費者として参加するのは良い選択だと思う。一生懸命あちこちで原稿を書き、財布をひっくり返して買います。手元に届くのはいつになるか分からないのですが。届いたらまた報告しますね。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2014年12月10日に掲載されたものです。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ・金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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