先行する欧州が教えるマイナス金利~その真の姿-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第8回)

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日銀がマイナス金利を実施に移したのは2月16日。まだ2ヶ月もたたない。「効果発揮に時間がかかる」と言われる金融政策が、今後の日本経済をどう変えるのか分からない面がある。では先駆した欧州はどうなっているのか。導入から既に3年半以上がたっている。今回は「マイナス金利導入とその後」を欧州に見る。

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「政策金利としてのマイナス金利」を初めて導入したのは2012年7月のデンマークだ。貸出増加が理由に挙げられたが、実際には通貨であるデンマーク・クローネ安が目的だった。次は2014年6月の欧州中央銀行(ECB)で、この時は中銀預金金利を-0.1%とした。デフレ回避、中小企業向けの融資促進とともに、ユーロ高圧力を和らげる狙いがあった。同年12月にスイス国立銀行がマイナス金利を導入。これはもっぱらスイス・フランの高騰を防ぐ目的。当時、ロシア市場の動揺や原油相場下落を受けて同フランへの逃避買いが殺到。それを抑制する目的だった。

マイナス金利導入から既に3年半。欧州に何が起きたのか。今回調べてみて「欧州の景気が良い」という情報が届いていないのには理由があると分かった。成長率、インフレ率、そして失業率。どれを見ても欧州の経済はうまく回ってはいない。マイナス金利実施でも良くなっていない。成長率は1%を上回るもののずっと2%に乗ることはなく、物価上昇率も目標の2%にははるかに届かない0.数%の水準。時にはマイナスになる。失業率は10%の大台に乗ったままだ。

つまり政策としての“マイナス金利”は実体経済にプラスの影響を与えていない。むろん環境もある。欧州は危機の連鎖だった。ギリシャ危機が尾を引く中でウクライナ危機があり、次いで難民危機。今はテロ。全て現在進行形の危機である。危機の連鎖の中で欧州の消費者のマインドは上向く切っ掛けを掴めなかったとも言える。

しかしマイナス金利の直接的効果を「プラス」と「マイナス」で区分けすると、欧州中央銀行の狙いとは異なって今は後者が目立つ。量的金融緩和などの直接的な緩和策に比べて“マイナス金利”は「あまりにも複雑」である、結局「マイナス効果が大きい」というのが欧州の経験であるように見える。

まず「マイナス金利導入」(基本的には民間銀行による欧州中央銀行預け入れ金利のマイナス化)によって、資金需要のある企業、個人の借り入れが増えて経済活動が活発化するとの主張を見る。確かに欧州でも個人の借り入れ、住宅ローン借り換えは進んでいる。しかし「経済活動の活発化」という目的から見て最も増えて欲しいのは企業の借り入れだろう。しかし企業融資はあまり増えていない。今の欧州企業には借り入れを増やしてまで設備投資をする意向はないようだ。

マイナス金利で欧州全体の金利は相対的に下がった。しかしそれは銀行にとって大きな試練だ。欧州中央銀行に預け入れを行えば付利されずに逆に手数料を取られる。手持ちキャッシュを減らすために納税を早め早めに行うとか、企業からの大口預金を引き受けないなどの手を打ってはいる。しかしマイナス金利体系そのものが、仲介金融機関としては業績悪化要因だ。なによりも苦しいのは、金融機関が最大の資金調達源である個人預金にはマイナス金利を適用できないことだ。預金者の「反乱」を恐れざるを得ないからだ。そうした中で、欧州中央銀行がマイナス金利幅を大きくしていけば、銀行はいつかそれに耐えられなくなる。時間の経過の中で、禁じ手の個人へのマイナス金利適用を考える金融機関も出てきかねない情勢だ。

こうした背景もあり、欧州の銀行の中には一部の貸出金利に関して業績確保や預金者へのマイナス金利適用回避を狙って貸出金利(住宅ローンなど)を引き上げる動きも見られる。それこそマイナス金利が長期化する際の最大のリスクだ。つまりマイナス金利は当初は経済を刺激するかも知れないが、長引けば悪影響が顕著になる。それが欧州の経験だ。

マイナス金利導入には別の目的もある。それは「自国通貨高を防ぐ」「または自国通貨安の誘導」だ。スイスやデンマークなどの同金利策導入の主な狙いはそこにあるとされ、ECBについても目的の一つは「通貨安誘導」だと見られている。通貨安は輸出を促進する。確かにマイナス金利導入からしばらくユーロは対ドルで大幅に下がった。しかしその後はむしろユーロ高に推移している。つまり通貨安を誘導するにしても、その効果は短期間ということだ。

最後にマイナス金利(英語では negative interest rate と表記)という言葉自体にも問題がある。マイナスにしても、ネガティブにしても言葉の響きは決して消費者の気持ちを上向かせるものではない。欧州のマイナス金利への消費者の受け止め方が前向きではないのには理由がある。銀行が預金金利を実際にマイナスにでもしたら、それは消費者をモノやサービスの購入ではなく「現金の保持」「金庫の購入」に走らせるだろう。欧州でもそういう調査結果も出ている。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2016年4月6日に掲載されたものです。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ・金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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