「マイナス金利」を超えて~新パッケージを探す世界-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第9回)

伊藤 洋一(いとう よういち)

日本が議長国になるG7の伊勢志摩サミットを控えて、今世界の経済政策の方向は大きな転換点にある。それは経済政策における「金融一辺倒」から「財政出動」と「構造改革」にもポイントを置き直した「総合対策」への方向だ。

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それは、日欧で「マイナス金利」採用にまで進んだ金融政策が、直ぐに「プラス金利」のかつての姿に戻ることを意味しない。むしろ「マイナス金利」の世界は予想以上に長引く可能性がある。「量的金融緩和+マイナス金利」の現行金融政策にデメリットがあっても、それに代わりうる政策手段が容易には見当たらないからだ。しかし「今のマイナス金利+量的緩和政策を含む金融政策だけでは、世界の景気を上向かせることは出来ない」との見方が先進国を中心に定着しつつあり、それが伊勢志摩サミットからの世界での新たな経済政策の潮流を作る可能性が高い。

「金融政策一辺倒」に対する反省機運は、既に今年2月末に上海で行われたG20の声明の中に明確に示された。同声明は「金融政策のみでは、均衡ある成長に繋がらないだろう」と指摘した。この文章が入った背景は明らかである。それは前回までに取り上げたマイナス金利を含む現在の金融政策の限界が明確になってきたことだ。日本や欧州の景気が優れないことに示される。対してマイナス金利を採用していないアメリカの方が雇用を見ても経済活動のレベルを見ても非常に良いし、その後も良くなっている。

G20声明は次のように述べて、金融中心の政策の変更の方向性を示す。「我々の財政戦略は成長の下支えを企図しており、強靭性を高め債務残高対GDP比を持続可能な道筋に乗せることを確保しつつ、経済成長、雇用創出及び信認を強化するため、我々は機動的に財政政策を実施する」と。「機動的に財政政策を実施」がキーフレーズだ。

マイナス金利政策を含む金融政策への過剰な依存への警告は、安倍首相が今後の日本の経済政策を検討する為に呼んだアメリカの著名なエコノミストの口からも表明された。例えばポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞受賞)は、「今は明らかに財政政策発動の時だ。政府の借り入れ金利も非常に低い」との趣旨を述べた。同氏が3月に入ってネットで公表した彼の手による発言備忘録によれば、安倍首相も世界経済にとっての財政政策発動の重要性はよく認識しているようで、「(財政状況に余裕のある)ドイツを動かすにはどうしたら良いか」といった質問もしている。

これは日本の経済政策の今後を考える上でも重要だ。というのは、伊勢志摩サミットでは安倍首相が議長を務める。つまり日本は議長国という立場だ。しかし日本の景気は良くない。良くないままではサミットで各国を先導すると言うことも難しい。その面でも「金融政策に過度に依存しない政策」を打ち出してサミットをリードする必要がある。既に政府部内ではそのためのシナリオが検討されている筈だ。

それを示唆する報道も増えている。「首相、サミット前に経済対策 財政出動で国際協調」(日経)などの見出しも増えている。先に成立した予算の早期執行を指示したのも、「アベノミクスは失敗だった」との見方が各国首脳の口から出てこないように「日本は世界を先導する形で動いている」ということを示す必要があるためだ。

恐らく伊勢志摩サミットは上海のG20以上に、世界の先進国が出来ることとして「余裕のある国は財政を」「もっと構造改革や技術革新で需要創造を」という2点を打ち出す会議となる。加えて、同様の視点から来年に予定されている10%への消費税再引き上げに関しても、慎重な検討が加えられるだろう。「世界経済の浮揚」をうたうサミット議長国の日本が、消費の足を引っ張る可能性の高い消費税の引き上げを行えないのではないかと考えても不思議ではない。

安倍首相は4月初めにワシントンでの核セキュリティ・サミットに出席した折にオバマ大統領と会談したが、そこでの話題の一つは「低迷する世界経済」だった。日本の与党内では財政出動に関しては「5兆円超」や「10兆円前後」などの意見も出ている。いずれにせよ、5月26日~27日の日本での伊勢志摩サミットでは、上海G20以上に具体的に「金融政策以外にでは何が出来るか」が大きな議題になると考えられる。それは世界経済の低迷持続と、貿易の縮小傾向がもはや見逃せないに状況なっているからだ。

もっとも、先進国における経済政策として金融政策が依然として大きな柱であることに変わりはない。なぜなら「財政の出動」といっても、各国の財政事情は極めて厳しい。それは日本も同じ事だ。つまり今後はマイナス金利を残したままの緩い金融政策と他の政策との「合せ技」が必至だと言うことだ。

日本で導入されたばかりのマイナス金利。日銀は「強力な武器」と強調するが、世界は既にその効果と限界を見切って、経済政策を新たな方向に向け始めたようだ。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2016年4月20日に掲載されたものです。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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