法律も常識も変わる……IT技術の広がりで-伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム-第12回)

伊藤 洋一(いとう よういち)

今では存在するのが当然だが、なぜ日本に「道路交通法」(昭和35年6月25日法律第105号)があるかと言えば、道路を走る車の数が劇的に増加して「道路における危険を防止」(1条)する必要が生じ、当該法律をもって「その他交通の安全と円滑を図り」「及び道路の交通に起因する障害を防止に資する」(同)必要が生じたからだ。

伊藤 洋一(いとう よういち)

当然ながら、世の中に浸透する新しいテクノロジーを使用した機器(車を含む)が各種出てくることにより、法律が作られる。そしてそれに関する人々の常識・社会通念が出来上がる。今は車を運転していて人身事故を起こすと刑法や道路交通法、民法などにより主に運転者が3種類ある処分の対象となり、それぞれ「懲役刑・禁固刑・罰金刑などの刑事処分」「累積点数によって免許証の効力停止・取り消しがおこなわれる行政処分」「被害者に対して損害賠償をする民事処分」などの処罰を受ける。

では、テクノロジーが変わればどうなるのか。自動運転の最終段階である「完全自動運転車」が走り回る世の中になって、その中では起こるはずのない想定外の人身事故が起きた場合には、誰がその責任を負うべきか?実はこれが「自動運転時代」の一番の難題なのだ。「完全自動」がウリなのだから、本来事故は起きてはならない。しかし幼児のように思わぬ行動に出る人間サイドの問題もあるだろうし、GPSなど電波系の不具合もあるだろう。センサーの故障ということも考えられる。世の中の“事故”は「あり得ない」と思われる状況の中で起きている。その場合、誰が責任を取り、運転席に居た人間は「懲役刑・禁固刑・罰金刑などの刑事処分」に処されるべきか。また自動運転社会における「累積点数制」はどうなるのか。

実は筆者は最も自動運転に接近したと言われるテスラの「S」で試し運転をしたことがある。青山を出て天現寺から首都高速に入り、5キロほどの区間を自動運転で進行した。無論ハンドルから手を離さずに、しかしハンドル操作は車の能力にまかせつつ。最初はとても怖い。私にはいないが、印象としては免許を取り立ての娘の車に乗っているような感じだ。しかしまずまず問題なく進行した。紀尾井町の下りカーブで車の頭が車線を少し出たのが気になった程度。「首都高は狭いので、まだ問題が……しかし新東名はもの凄く楽です」というのが同乗してくれたテスラの社員の言葉だった。

一つこれは完璧だと思ったのは縦列駐車だ。やや時間はかかるが、駐車している車の列に綺麗に自動で入れる事が出来た。今度メルセデス・ベンツが自分は乗らずにスマホのアプリで車を前後、車庫入れさせる機能を搭載した車種を出すそうだが、テスラはそれをずっと前に完成していた。だから「駐車・車庫入れ操作」に関しては、“自動”が急速に普及するはずだ。車のシステムがハッキングでもされない限り、そこでは大きな事故はまず起きえないと思われる。

実は筆者が自動運転をしながら一つの大きな課題だと思ったのは、「移行期のリスク」だ。今は正にその状態なのだが、“自動”をウリにしながら実は“四分の一自動”“中途半端自動”の車が各種出てきている。同一車線追尾走行可もあれば、追い越しまで可などいろいろある。メーカーは簡単に「自動」の単語をウリ文句に販売する。しかし実際には「これは出来るが、それは無理」の車が圧倒的だ。例えばレンタカーに中途半端な自動運転車が導入されたらどうなるのか。借りる人は「何が出来、何が出来ないか」をまずしっかりと頭にたたき込まないといけない。かつ、いつも使っている自分の車との違いを忘れないようにしなければならない。筆者は「移行期はリスクだ」と思う。

それを過ぎた完全自動運転車の時代。しかし事故が起きたとする。運転者は法律が変わってハンドルから手を離すことが許されているかも知れない。寝たり、ビデオを見ることも可能になっているかも。その中で事故が起きた。それは運転者の責任か、はてまた責任者はメーカーか、センサー製造会社か、通信会社か、それとも3D地図の製作業者か……。さらにはGPSのシステムの責任?それはどのような保険の対象になるのか。そもそも保険は下りるのか?

間違いないのは1960年施行の現行道路交通法は、完全自動運転車が大々的に導入される前に大幅な改訂が必要になるということだ。今は法律的にハンドルから運転手は手を離せない。しかしそれでは完全自動運転車の魅力半減だ。さらに言えば、別の人種も存在する。「俺は車を自分で思うがままに操作したい」という人々。それに対応する法律の部分も残す必要がある。

しかし一つ確実なことがある。自動運転にしろIOTが普及した未来社会にしろ、要するに「テクノロジーが法律も習慣も変える」ということだ。今我々はその大きな変化の入り口に立っている。そこではテクノロジーの能力・限界を知り、そして改めて人間の能力・限界を知る作業が必要になるという事だ。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一 (いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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