フォーラムアーミーの登場-「変わる金融市場の景色」 - 伊藤 洋一の視点(伊藤 洋一さんコラム - 第19回)

伊藤 洋一の視点

世界的コロナ禍発生から一年。マーケットを取り巻く環境も大きく変わった。そこで今年年初の「伊藤 洋一の視点」は3回にわたって「変わる金融市場の景色」とのタイトルで書きたいと思う。まずは直近の「アーミー登場」に関して。

それは、新規で概ね小口の資金を動かせるだけだが、インターネットの株式フォーラムで手を取り合って相場を大きく動かせる勢力になった新投資家軍団を指す。特に彼等の怒りが一点に集積した時の破壊力は凄まじい。なにせ、これまで我が物顔にマーケットを牛耳ってきたヘッジファンドをも屈服させる力を持ったからだ。今後一目置いておく必要がある。

今年初め。割高と判断した株に空売りを仕掛けて短期で大もうけを狙ったアメリカの某ヘッジファンド。人々は「ショート勢」と呼ぶが、その敗北が劇的だった。このヘッジファンドが売り仕掛けした銘柄はテキサス州に本拠を置く世界最大のコンピュータゲーム小売店GameStop。新規個人投資家の買いを集めて高騰していたので、ヘッジファンドが売り仕掛けの対象にした。

しかしインターネット上に急速に参加者を増やして、GameStop株上昇の原動力になった株式フォーラムの若手投資家達は怒った。自分達がフォーラムで論議しながら買っていた同社株を「株式市場を牛耳る悪の権化」であるヘッジファンドが、「またしても我々の富を奪おうとしている」と考えた。対抗して一斉に買い向かったのである。

買い向かいの議論の場となったのはスマートフォンアプリのReddit。今アメリカで大人気の投稿型のソーシャルサイトで、iPhone・Androidともに、日本でもダウンロードができるアプリだ。注目はその中の株式フォーラムとしてのWallStreetBets。文字通り株式にbetする場だ。株に関わるあらゆる情報が凄まじい勢いでやり取りされ、そして他のマーケット参加者に対する非難(例えばヘッジファンド批判)も登場する。

重要なポイントは、コロナ禍やリモートワークの増加で株式市場参加者が著しく増えたことだ。アメリカでも日本でも同じだ。収入が減る中で「もう株しかない」と考える人が続々と株式市場に参入してきた。重要なのは、彼等が基本的には従来の株式市場の主要プレーヤーに敵意を持っているということだ。彼等はコロナ禍の中での株式市場の活況をそれまで「けしからん」と見てきた。

彼等は株式市場が「金持ち連中の一人勝ち」を演出し、「それを手助けしているのがヘッジファンド」と見なしていた。しかし敵意を持ちながら、彼等が自ら資金を生み出す方策としては、今は株式投資しかない。そこでWallStreetBetsに銘柄探しに来ていた。彼等が共通に「いける」と考えた銘柄がGameStopだったというわけだ。

それがヘッジファンドによって蹴落されかけた。若手投資家軍団は怒った。「ヘッジファンドが同社株を餌にして稼ごうとしている」と。彼等が使う証券会社は売買手数料なしというロビンフッドだ。2013年に若者をターゲットにして創業されたスタートアップ。コロナ禍の中でこのオンライン証券会社の利用者は急増し、今も増加している。

伊藤 洋一(いとう よういち)_itouyouichi19

手数料がタダなのにどうして企業を回せるかについては、主に顧客の信用口座残高とも言われている。しかし、自社に集まる売買情報をHFT(High Frequency Trading:高頻度取引)業者としてのヘッジファンドに売っていたとも言われる。

「ちりも積もれば山となる」だ。なにせWallStreetBetsに集う若手個人投資家の数は膨大だ。恐らくそこで「ヘッジファンドはけしからん。締め上げろ」ということになったのだろう。一斉にロビンフッドを通じて買いを入れた。その結果、ヘッジファンドの売りで下げていたGameStop株は急騰。ヘッジファンドは締め上げられて、膨大な損失を被った。

長くなるので、その後の顛末や当局の動きについては次回以降に書きたい。重要なことは、「分断」としばしば語られるアメリカ社会の亀裂が、株式市場の形まで変えようとしているということだ。その行方はまだ分からない。

今までマーケットはヘッジファンドなど機関投資家主導だった。しかし時に、集まればフォーラムでの議論を通じて一般投資家が相場を動かし、機関投資家の足を引っ張ることが可能になった。最近では、銀相場に個人投資家の買いが回ったりしている。数とそれらを繋ぐインターネット、そして無料になった株式取引が背景。株式市場のパワーバランスは明らかに変わった。

「常に一般投資家が隊列を組めるわけではないのでは」という議論は、ある程度当たっている。マーケットは常に鵜の目鷹の目の世界だ。個人投資家の間には、マーケットの先行きや個々の銘柄の今後に関して、当然ながら様々な意見がある。しかしそれが糾合した時には、恐ろしいパワーになる。特に怒りで多くの投資家が一点を見つめた時には。今年初めのニューヨークのマーケットはそれをまざまざと見せつけた。

コロナ禍でも上がる株と、それをおかしいと思う人々。その狭間で「おかしいと思いながら、参加するしかない」と考える人々。欲求と敵意。ここでも我々は新たな思考を求められている。

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PROFILE

伊藤 洋一(いとう よういち)

伊藤 洋一(いとう よういち)

経済評論家

1950年長野県生まれ。現在、(株)三井住友トラスト基礎研究所主席研究員。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『本当はすごい日本の産業力』(PHP出版)、『グローバル資本主義の未来』(NHK出版)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト:インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える』(新潮新書)など。「10代で学ぶ・金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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