
みなさん、こんにちは。門倉貴史です。
僕のことは、バラエティー番組で見かける人が多いのではないかと思います。本業はエコノミストで、もともとBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)やASEAN(東南アジア諸国連合)など新興国の経済を研究していました。今も全国の講演会では、世界経済の動向などの話をよくさせていただいています。
僕は東南アジアなどの新興国の人と会うと、必ずしも経済的な豊かさが“幸せ”に直結しない気がしています。経済的に豊かなはずの日本人より、彼らのほうが明るく、幸せそうに感じることがあるからです。そもそも“幸せ”とは何なのか。最近の行動経済学の研究や僕自身の経験をもとに、感じていることをお話しさせていただきます。
「モノ」より「経験」を買ったほうが幸せは長続きする
豊かな人生を送るうえで、ある程度のお金が必要であることはいうまでもありません。では人間は、お金が沢山あれば幸せになれるのでしょうか。そんなことはありません。近年の研究では、あるレベルまでは収入の増加と比例して幸福感が高まるものの、あるレベルを超えると、収入が増えても幸福感は高まらないことが明らかになっています。アジアの場合だと、ちょうどその境目は年収660万円ほどです。
必ずしも収入の多さと幸福感が直結しない理由については、このコラムの最終回でお話ししたいと思います。その前に、お金を何に使うかによって幸福度がどう変わるか、といったお話をさせていただきます。
アメリカ・コーネル大学の研究で、お金の使い方と幸福の関係を調べたものがあります。被験者を二つのグループに分け、いっぽうにはさまざまな商品、つまり「モノ」を買ってもらいます。もういっぽうには、同じ金額で旅行やコンサートなどを楽しむ「経験」を買ってもらいます。さて、この二つのグループでは、どちらがより幸福感を抱いたと思いますか?
「経験」はその場限りのものですが、「モノ」はいつまでも手元に残ります。よって「モノ」を買ったほうが、幸福感は高く、長続きすると思う人もいるかも知れません。でも調査の結果は逆でした。「モノ」を買った人より、「経験」を買ったグループのほうが幸福感は高く、長続きすることが分かったのです。
「経験」は時とともに価値を増し、さらに人生を豊かにする
なぜ「モノ」より「経験」にお金を使ったほうが幸福感は高く、長続きするのでしょうか。その原因は、人間の慣れにあります。商品を買った場合、買った瞬間は満足度が高くても、その後すぐに幸福感を感じなくなっていきます。所有していることが当たり前になるからです。また、やがて新商品が出れば、買った商品への不満が生じ、新しい商品が欲しいというストレスが募ります。
いっぽう、旅行などの楽しい思い出は、いつまでも記憶に残り、幸福感が長続きします。それどころか時が経てば経つほど、二度と体験できないかけがえのない思い出として、価値を増していきます。例えば20代の頃に買った「モノ」は、40代、50代になればたいてい興味を失うでしょう。でも20代にした旅の経験は、40代、50代になっても一生の宝として価値を失いません。また旅や何かのスキルを修得した経験は、その人の視野を大きく広げ、新しい観点や価値観をもたらします。それによって、その後の人生はさらに豊かになり、大きな幸福感へとつながっていくのです。
僕も自分の人生を振り返って、若い頃の経験が、後からどんなにお金を出しても買えない貴重な財産だったことを痛感しています。とりわけ僕の人生を決定づけたのが、20代の頃、銀行からシンガポールのシンクタンクに出向した時の経験です。当時は若かったため給料は安かったのですが、東南アジア各地に足を運び、おおいに見聞を広めることができました。あの経験で僕は新興国の経済に強い興味をもつようになり、後に独立してBRICs経済研究所を設立することになるのです。
畑違いのテレビ出演の経験が、新たな世界を広げた
その後、畑違いのテレビの仕事を経験したことも、今の僕にとって大きな財産になっています。もともと僕は、自分がテレビの仕事をすることになるなんて、まったく考えていませんでした。たまたま僕が取り組んでいた地下経済の研究がテレビ局の方の目にとまり、バラエティー番組出演のオファーを受けたのです。せっかくのお話なのでよく分からないままお受けして出演したところ、なぜか出演者や視聴者からウケてしまったのです(笑)。通常、評論家というと自己主張の強い人が多いのですが、僕は消極的で、しゃべらずに済むのならそっちのほうがいい、と思っていたくらいでした。でもその姿勢がテレビ的には新鮮だったようですね(笑)。その後も、継続的に番組に呼ばれるようになりました。
テレビの仕事を経験したことで、僕は大きなものを得ることができました。自分の専門以外のことを沢山勉強できたことはもちろん、知名度があがったことで、全国から講演に呼ばれるようにもなりました。現在、講演は年に120回ほど行っており、世界経済や日本経済の動向、日本企業の海外戦略などについて話をさせていただいています。地方経済を活性化するにはどうすればいいのか、といった相談を受けることも多くなり、映画やアニメ、漫画などのコンテンツによる地域振興についての調査・研究も始めました。
バラエティーに出た経験が、さらに新たな経験や仕事につながるという、いい循環が生まれたのです。経験がさらなる経験を呼び、どんどん幸福度をあげていく。そういった好循環も、「モノ」にはない「経験」ならではのことだと思います。人生をより豊かに生きるうえで、多様な「経験」ほど大切なものはありません。若い人はもちろん、シニア層の方にもぜひ新しい経験を、これからも沢山していただきたいと思います。
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PROFILE
門倉 貴史(かどくら たかし)
エコノミスト、BRICs経済研究所代表
1971年神奈川県生まれ。1995年慶應義塾大学経済学部卒業、同年銀行系シンクタンク入社。1999年日本経済研究センター出向、2000年シンガポールの東南アジア研究所出向。2002年から2005年まで生保系シンクタンク経済調査部主任エコノミストを経て、現在はBRICs経済研究所代表。同研究所の活動とあわせて、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」、毎日放送「サタデープラス」、読売テレビ「上沼・高田のクギズケ!」など各種メディアにも出演中。また、雑誌・WEBでの連載や各種の講演も多数行う。『不倫経済学』(KKベストセラーズ)、『門倉貴史のオトナの経済学』(PHP研究所)、『日本の「地下経済」最新白書』(SBクリエイティブ)など著書多数。
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