円安で弱くなった日本企業 - 円安が日本を滅ぼす(野口 悠紀雄さんコラム - 第2回)

 

円安が日本を滅ぼす

中国工業化に対する安売り政策として円安

日本は2000年ごろから円安政策をとった。これは、中国の工業化に対抗するためだった。

1970年代の末に、それまでの鎖国的な社会主義経済体制から改革開放路線に転じた中国は、工業化を推進し、1980年代には世界の輸出市場でのシェアを伸ばしてきた。豊富な労働力による安い賃金で、安い工業製品を輸出し始めたのだ。

世界の先進国は、これによって大きな影響を受けた。日本は、その中でもとくに大きな影響を受けた。

1990年代の後半には、鉄鋼業を始めとして、それまで日本経済を支えた産業が苦境に陥った。

そこでとられたのが、円安政策である。為替レートを円安にすることによって、価格面で中国の輸出に対抗しようとしたのだ。これによって、高度成長期の産業を温存し、雇用不安を起こさないことが目的だった。

2000年代ごろからの円安政策によって、これらの産業は息を吹き返した。

円安がなぜ利益を増大させるのか

なぜ円安が企業を助けるのだろうか?

これについて一般に言われるのは、円安になると日本の輸出品の価格が低下し、輸出が増えるということだ。しかし、この考えには疑問がある。円安になったからといって、輸出の数量あるいはドル建ての輸出額が増えるわけではない。

統計を見ると、輸出数量あるいはドル建ての輸出額は、世界経済の動向によって左右される。そして、為替レートによってはあまり大きな影響は受けない。

しかし、円安になれば、企業の利益が増える。その理由は次の通りだ。

いま、簡単化のために、輸出数量またはドル建ての輸出額は、為替レートによって影響を受けないとしよう。その場合には、円安になれば円建ての輸出額は増大する。つまり、輸出企業にとって円建ての売上高が増大することになる。

他方で、円安になれば円建ての輸入額も増大する。したがって、企業にとってみれば原価が増大する。

ところが第1回で述べたように、企業は、これを売り上げに転嫁する。そして最終的には、消費者に転嫁する。したがって、企業の立場から見れば、円建ての売り上げが増える効果だけが残ることになる。つまり、粗利益(売上げ-原価)が増大するわけだ。その結果、利益が増大する。このような効果があるので、企業は円安を求めたのである。

2013年以降には、アベノミクスの下で大規模な金融緩和が行われ、円安がさらに進んだ。

円安はどのような問題をもたらすか?

では、円安は日本企業にどのような影響を与えただろうか?

それは、技術開発を停滞させ、新しいビジネスモデルへの転換を阻害したことだ。

円安になれば、企業の立場から見ると、何もしなくても自動的に利益が増える。このため、本来であれば世界経済の大きな変化に対応して技術開発を行い、新しいビジネスモデルを開発しなければならなかったにもかかわらず、それがなされなかった。

日本企業は、1990年代の中ごろ以降、売り上げも増えず利益も賃金も増えないという状態に陥ったのだが、その基本的な理由は、以上のことにあると考えられる。

日本企業の生産性が低下し、円の実質価値が低下したことによって、日本の様々な指標の国際的な地位が下がっている。その1つは一人当たりGDPや賃金だ。

賃金については、2000年代の初めごろには日本はアメリカと同じ程度の水準にあったが、その後の成長率の差と円安によって、日本の地位は大きく低下している。OECDの統計によれば、ドルベースで比較して、日本の賃金はアメリカの53%でしかない。日本の賃金は、2014年には韓国に抜かれた。

一人当たりGDPでも同じような傾向が見られる。

IMFの統計によると、2022年には、日本はアメリカの45.7%だ。そして、台湾の一人当たりGDPが日本を抜いた。いずれ韓国の一人当たりGDPも日本を抜くだろう。

日本企業の生産性の低下

日本企業の生産性が低下したことは、様々な指標によって確かめることができる。スイスのビジネススクールIMDが毎年公表している世界競争力ランキングには、それがはっきり表れている。

このランキングが公表された2000年代ごろには日本は世界のトップであった。ところがそれ以降日本の地位は傾向的に低下し、2022年のランキングでは日本は世界で63カ国中の第34位という結果になっている。

このランキングはいくつかの評価項目によってなされているのだが、そのうちの企業に関連する項目での日本の順位は、全体の順位より低くなっている。

例えば、「ビジネス効率性」において、日本は世界第51位であり、アフリカの企業やモンゴルの企業とほぼ同列の存在になってしまった。

「ビジネス効率性」の細分類項目を見ると、「労働生産性評価」では59位、「デジタル化を活用した業績改善」では60位だ。

円安が続くと海外から高価なものを購入できなくなる。例えばiPhoneはこの数年間で、ずいぶん値上がりした。そのうち高値の花になってしまうだろう。

これはiPhoneに限ったことではない。高性能の半導体が、日本では買えなくなる。そうなれば、それらを用いた製品を作ることもできなくなる。

あるいは、外国から人材を呼ぶことができなくなる。それは、日本の将来の成長にとって、大きなマイナスだ。

介護人材を日本に呼ぶこともできなくなる。日本は今後世界でも経験したことのない高齢化社会に向かうのだが、それに必要な労働力を海外から呼ぶことができなくなってしまう恐れがある。

以上で見たように、円安は、日本経済にとって望ましい影響を与えたのではなく、逆に日本を衰退させる基本的な原因となった。

次回では、これに対していかなる政策が必要かを考えることとしたい。

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PROFILE

野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)

野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)

一橋大学名誉教授

1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部を卒業。1964年大蔵省(現、財務省)に入省。1972年エール大学経済学博士号を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。近著に、『円安が日本を滅ぼす 米韓台に学ぶ日本再生の道』(中央公論新社)、『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』(日本経済新聞出版)、『円安と補助金で自壊する日本』(ビジネス社)などがある。

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