私がアイドルから弁護士になるまで-柔軟な軌道修正が可能な社会へ(平松 まゆきさんコラム-第1回)

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

はじめまして。弁護士の平松まゆきです。

私は現在、地方で弁護士として働いていますが、以前は芸能界に所属していました。

「東鳩(現:東ハト)オールレーズンプリンセスコンテスト」、皆さんご存知ないでしょうか。かつては「全日本国民的美少女コンテスト」や「ロッテCMアイドルはキミだ!」と並ぶ有名なオーディションでした。

日本3大アイドルオーディションともいわれたその東ハトのコンテストで、奇跡的にもグランプリを獲得したのは12歳のとき。その後歌手デビューを果たしたという、法曹界ではかなり異色の経歴の持ち主です。

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)_hiramatsumayuki1-1

さて、「なぜアイドルをやっていた人が弁護士になったの?」と疑問を持たれる方は多いと思います。いまでもクライアントや相談者の方に毎日のように聞かれます。

でも決して「華麗なる転身」ではないんですよ。

そこで、これから3回に分けて、私がアイドルから弁護士になるまでの道のりや、弁護士になって感じたこと、今後の100年時代について思うことなどについて、お話したいと思います。ぜひお付き合いくださいね。

まず、私の幼少期といえば、2つの特徴がありました。

1つめは、子どもながらに熱心な勉強家だったことです。おもちゃやマンガではなくドリルをねだるような子で、学校でも先生に褒められたいがために頑張るようなタイプでした。

2つめは、アイドル願望が強く、ザ・ベストテンや歌のトップテンを見てはアイドルの振り付けを研究する子どもでもあったということです。幼いころの写真はどれも決めポーズです。

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)_hiramatsumayuki1-2

中学生になると、ますます勉学に勤しむ一方で、アイドル願望も高まります。当時はいまのような情報にあふれる社会ではなかったので、やっとこさオーディション情報を探し両親には内緒で応募しました。

とはいえ、このときはまだ中学1年生で、本気で芸能人になろうとは思っていませんでした。田舎娘の私にとっては、東京大会に行ける、それだけで夢のような体験だったわけです。

ですので思いがけずグランプリになった結果、私を含め家族一同大慌て!でも家族会議をする暇もなく、あれよあれよという間に東京に飛行機で通い、テレビ・ラジオやCM出演をするという生活が始まりました。

試験期間であろうと、体育祭があろうと、時間さえあれば上京して芸能界の仕事をする。いま振り返るととんでもなくハードなスケジュールをこなしていました。

しかし一方で勉強も疎かにせず、どんなに疲れていてもホテルや飛行機の中でも勉強をしました。

こうして、学業との両立をなんとかこなしていた15歳の夏、両親から「東京へやっても勉強は怠らないだろう」と、上京する許可がでました。そして、単身上京したのです。

それから高校受験などを経て、17歳で歌手デビューしました。

デビュー曲はかの有名な「世界ふしぎ発見!」のエンディングテーマにしてもらえて、とても感激したのを覚えています。

他にも森永製菓の「ICE BOX」の企画ユニットでCMソングを歌ったり、OVA「新・キューティーハニー」の主題歌を英語で歌ったりしました。柏レイソルのオフィシャル・チアリング・ソングを歌ったこともあって、サポーターの方々がカラオケで歌ってくれるおかげで、いまでも印税が入るんですよ!柏レイソルサポーターの皆さん、ありがとうございます(笑)。

このように、芸能界では大変恵まれた活動をさせてもらっていたのですが、20歳を迎えるころ、突如として、心境の変化の波が押し寄せてきました。得も言われぬ不安な感情でした。

というのも、高校にあがってからは仕事が増え、さすがに勉強は手付かずになってしまっていたので、どこへ行って何をしゃべっても、自分に自信がなくなってしまったのです。

「昔はあんなに勉強していたのに。このままでいいのだろうか……。」

そう思って、ある日突然、事務所に大学受験をさせてほしいと願い出ました。

当時の事務所は大変理解があり、快く受験を許可してくれましたが、そうはいっても私に与えられた時間は正味5カ月。5カ月で高校3年分の学力を身につけなければなりません。もうそれは必死に勉強しました。

結果として志望校であった立教大学に合格し、夢の大学生活が幕を開けます。望んで学生になったわけなので、大学1年の終わりに正式に芸能事務所との契約を解除し、100%学生になりました。

と、ここまで読んでいただくと、「そうして司法試験への道へつながるのだな。」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。

このあとの約10年間、私はモラトリアムにどっぷりハマった完全な「どらむすめ」になっていくのです。まさに穴があったら入りたい20代!

そして魔の司法試験に突入した30代!

弁護士になるまでの道のりは、辛く険しく、果てしなく遠かったのです。

次回、いばらの道を突き進み、嵐の中でもがき苦しんだ受験時代についてお話します。

また、弁護士になって思うこと、時間の使い方、私が考えるゆとりや豊かさなどについてもお話しますので、どうぞお付き合いくださいね。

⇒平松 まゆきさんコラム「柔軟な軌道修正が可能な社会へ」をもっと読みたい方はコチラ

⇒各分野の第一線で活躍する著名人コラム「一聴一積」トップへ

PROFILE

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

平松 まゆき(ひらまつ まゆき)

弁護士、元歌手

1976年大分県生まれ。1989年、東鳩(現:東ハト)オールレーズンプリンセスコンテストでグランプリを受賞し、芸能界デビュー。CM、ラジオ、イベント等への出演を経て、1994年日本コロムビアレコードより歌手デビュー。TBS「世界ふしぎ発見!」テーマソングや柏レイソルのオフィシャル・チアリング・ソングなどを歌唱。芸能界で活躍する傍ら、大学受験を希望し立教大学に合格。2003年同大学大学院前期課程修了(文学修士号取得)後、外資系製薬会社に入社。弁護士を目指すべく2010年名古屋大学法科大学院に入学し、2013年同大学院修了(法務博士号取得)。2015年司法試験に合格し、2017年平松法律事務所を開設。

※この記載内容は、当社とは直接関係のない独立した執筆者の見解です。
※掲載されている情報は、最新の商品・法律・税制等とは異なる場合がありますのでご注意ください。