日本人であることの美点とは - WITH/AFTERコロナ時代に日本が果たす役割(ピョートル・フェリクス・グジバチさんコラム - 第1回)

WITH/AFTERコロナ時代に日本が果たす役割

みなさん、こんにちは。ピョートル・フェリクス・グジバチです。

僕はポーランドで生まれ、2000年に来日しました。モルガン・スタンレーやGoogle Japanで働いた後に独立し、現在は人材育成や組織開発に取り組む会社を経営しています。いろいろな企業で働いた経験や、外国人ならではの視点をいかし、日本全体の働き方、ひいては経営の改革に貢献したいと考えています。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、日本社会の問題点とともに、この国がもっている可能性を浮き彫りにしたと思います。このコラムでは、WITH/AFTERコロナ時代の社会や日本人の生き方について、僕なりに感じていることをお伝えします。まずは20年間日本で暮らして感じた「日本人像」についてお話しします。

自分を抑え、人や社会に合わせようとする日本人

僕はもともと大学院の博士課程で言語学を専攻し、異文化コミュニケーションについて研究していました。欧米とは異なる価値観や文化をもつ東アジア、なかでも歴史が古く、ミステリアスな面も多い日本という国にとても興味がありました。

当時、日本は世界第2位の経済大国で、トヨタなどの企業がグローバル経済のなかで高く評価されていました。日本はなぜ戦後、奇跡的な経済成長を遂げることができたのか。その理由をずっと知りたかったんです。そのためにも、実際に現地で研究したい。そう思っていたとき、運良く千葉大学の研究員として文部科学省から招聘されました。

最初の研究テーマに選んだのは、日本の若い女性の消費行動です。当時、日本の女性にヨーロッパのブランド品が大人気でした。みんなが同じようなバッグを抱え、街を歩いており、それは欧米人の僕からすると、不思議な光景でした。ヨーロッパの女性が身につけるものを買うときは、いかに他人と差別化し、自分らしさを表現するかを考えます。そのため皆と同じようなアイテムを選ぶことは、ありえないのです。

一般的にみて、欧米人は個人主義、日本人は集団主義です。欧米人は日本人ほど周りの目を気にせず、個性を発揮し、自己実現を目指して生きています。逆に日本人は、自分を抑え、社会の規範や仕組みに合わせて生きているように見えます。現代は価値観やライフスタイルが多様化し、若者の考えも欧米化していますが、この傾向は日本に根強く残っています。例えば日本の若者の多くは、いまだにみんなが目指す有名大学や有名企業に入りたがる傾向にあります。みんなと同じような年で結婚し、家を買い、子供を育て、リタイアする。そのような社会のレールに沿った生き方をしようとする人は、日本にはまだまだ多いと感じています。

日本人にとって大事なのは、周囲の目や場の空気

僕は研究者生活の後、外資系企業の日本法人で働き始めました。そのとき、一番苦労したのが、日本人が言葉で表現しない真意を読み解くことです。欧米人は基本的に、自分の考えや思いをストレートに言葉にします。ところが日本人のコミュニケーションでは、言葉よりその場の空気や文脈が大きな意味をもちます。欧米人のように、必ずしも「イエス」「ノー」をはっきりさせません。そのような日本人特有の曖昧さに、僕のような欧米人はとまどいます。

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、欧米が「罪の文化」なのに対し、日本は「恥の文化」だと言っています。欧米人の言動の根底には一神教的な規範があり、自分の行いが神に罰せられることを恐れている。そのため欧米人は、どんなときも原理原則を大切にし、己の正義を主張する。いっぽう多神教の日本では、神や仏を恐れる意識は弱い。代わりに自分たちが生活する共同体、世間の目を気にしている。他人から見られて恥ずかしいことをしないことが行動原理になっている、というわけです。

確かに日本人は、原理原則を重視する欧米人より、その場の状況や相手に応じて言動を変える傾向が強いと思います。そのような態度は、欧米人からすると信念がないように見えます。ただこのような日本人の特性には、良い面もあります。原理原則を重視する欧米人は、一方的に己の正義を主張することが多く、分断や対立を生みがちです。いっぽう日本人は、自分の行動が他人にどんな影響を与えるかを考えるので、争いになりにくい。相手を思いやり、協力しあう。そんな和を重んじる美徳をもっているのです。

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日本の繁栄と停滞、その要因となった集団主義

バブル崩壊までの日本の繁栄は、同質的で集団主義、和を重んじるといった日本人の特性が、功を奏したのではないかと思います。みんなが心を合わせ、協力しあい、会社や国のために骨身を惜しまず働く。そんな日本人の特性は、やるべきことが明確だったキャッチアップの時代には、非常に効率的だったはずです。

ところがキャッチアップが終わり、イノベーションや今までにない新しい価値が求められる時代になると状況は変わってきます。イノベーションは、異なった価値観や意見のぶつかりあい、突出した個性が重なって生まれます。同質的で集団主義の日本社会からはイノベーションが生まれにくく、それがここ数十年の経済低迷につながった面があります。長時間労働や生産性の低さが改善されず、働き方改革や女性の社会参加がなかなか進んでいないのも、仕事や会社はこうあるべき、女性はこうあるべきという社会のバイアスが強いことが原因です。

この点については、日本は変わっていく必要があると思います。さまざまな人が個性を輝かせ、自己実現しながら社会も繁栄していく。そんな仕組みをつくらなくてはなりません。国もその方向を目指していますし、僕の仕事もそれを後押しするものです。

ただ日本社会の集団主義やバイアスは非常に根強く、これまで改革がなかなか進みませんでした。その状況を一気に変えたのが、新型コロナウイルスの感染拡大です。この未曾有の危機は、日本人がこうあるべきと考えていた規範を揺るがし、変革を迫りました。ただ近年、ネガティブに語られがちだった日本人の集団主義は、WITH/AFTERコロナの時代に再び重要性を増していくと僕は感じています。この点について、次回からさらに掘り下げていきたいと思います。

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PROFILE

ピョートル・フェリクス・グジバチ(ぴょーとる・ふぇりくす・ぐじばち)

ピョートル・フェリクス・グジバチ(ぴょーとる・ふぇりくす・ぐじばち)

プロノイア・グループ株式会社 代表取締役

ポーランド生まれ。2000年に来日し、ベルリッツ、モルガン・スタンレーを経て、2011年Google Japanに入社。アジアパシフィックにおけるピープルディベロップメント、グローバルでのラーニング・ストラテジーに携わり、人材育成と組織開発、リーダーシップ開発などの分野で活躍。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループ株式会社を設立。

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